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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第五章 花火大会の夜に
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第九十一話 八月九日(木)昼 2

「えっと、えっと、彼女は立花禰子さんといって、こころの幼なじみです。ネコといっても、動物の猫じゃなくて」

 みょうに慌てた様子で、堤さんは、僕に目の前の彼女、立花さんを紹介してくれた。

 彼女の第一印象は『ねこ』という読みの名前に似つかわしいものだった。

 身長は、たぶん百六十センチちょいといったところだろうか。ゴーの恋人の蛍子さんとおなじか、すこし低いていどである。体格は、特別やせているでも太っているでもなく、いわゆる中肉という感じだった。

 キャスケット帽をかぶった頭は、髪が肩までよりもうすこし長い。半袖のTシャツにホットパンツという涼しげないでたちながら、脚には太ももの半ばまである長いニーソックスをつけている。

 顔は美人のたぐいだが、かなりのつり目で、そのため、言っては悪いが性格がキツそうに見えた。口元にのぞく八重歯も、どこかしら獣の牙を思わせるし、全体的に肉食動物というか、猫科っぽい。

 うーん……?

 それにしても、なんだか様子がおかしいな。このひとは、なんでこんな、胡散臭いものにでもむけるような目つきで、僕を見ているのだろう。

 つり目だから、そう感じるというわけではなさそうだった。帽子の影から、ギラリと瞳が光っているように見えるほどの、強い視線なのだ。

 というか、もしかしなくても、睨みつけられてるよな、これ。

「ち、ちがうよ、ネコちん。今日はもともと、女の子のお友だちもいっしょの予定だったの。それが、いろいろあって、なぜか彼とふたりということになっちゃっただけで」

「いろいろってなにさ。具体的にいいなよ」

 立花さんの表情がけわしい。あきらかに、僕の存在を歓迎していない様子である。初対面だし、とくに失礼な態度をとった覚えもないのに、これはいったいどうしたことだろう。

「……ま、いいや。ね、ココちん、ボクもしばらくご一緒させてよ」

「え……ええっ? ちょっと、ネコちん」

 話が、おかしな方向に進みつつあった。

「なに? ボクがいたらつごう悪いの? やっぱり、今日はそこの彼とデートだったってこと? ねえ、ココちん、どっちなのさ」

「あうう、だから、その……。ひ、廣井さん、どうしよう」

 堤さんが、すがるような眼差しを、こちらにむけてきた。

「か、かまわないけど? いいんじゃないかな」

 ほとんど反射的に、そう答えてしまってから、僕はひそかに臍を噛むような気分におそわれた。

 べつに、立花さんの態度に怯んで、つい肯定の返事をしてしまったわけではない。そうではなくて、こういうとき、どう答えるべきか、とっさに考えつかなかったのだ。

 心情的には、これはデートだから、邪魔をしないでほしいと言ってやりたいところである。しかし、実際には、その約束で来たわけでもないし、そもそも、まだ互いの気持ちを口に出して確認すらしていないのである。

 また、彼女が堤さんの幼なじみであるため、無碍にあつかうのもどうかというところもあった。

 やれやれ、こうなったらしかたないか。せめて、悪印象を残さないように、適当に相手をしつつ、早めにお引取り願うことに……。

「じゃ、決まりね。ココちんが引っ越したあと、商店街にあたらしいお店ができてさ」

 いいながら、立花さんは堤さんと腕をくんだ。そうして、そのままあたりまえのように彼女をひっぱっていく。

「ね、ネコちんっ?」

「あっ、ちょっとまって!」

 一瞬、あっけにとられかけたが、このままでは置いていかれてしまう。僕はあわててふたりのあとについていった。

 数分ほど歩いて、案内してもらったのは、こじんまりとした喫茶店だった。

 椅子やテーブルは、木製品が主体で、備えつけの時計や食器などの調度品は、古めかしいものが多い。照明の光もあいまって、素朴な味わいとでもいうべきものが醸しだされている。

 こういうのを、アンティーク調というのだろうか。客は少なくないようだが、とくにさわがしいわけでもない。僕の行きつけのカフェ・ジョルノとはちがう意味で、じつに雰囲気のいい店だった。

 席順は、僕と堤さんがならんで座り、立花さんがその向かいという感じになった。

「お昼はもう食べたの? ネコちん」

「ボクはこれから。そっちは?」

 この口ぶりだと、立花さんは、昼食を喫茶店のケーキで代用するつもりなのかな。

「こころは、彼といっしょに済ませちゃったから……。でも、ネコちん、お昼はちゃんとしたの食べないとダメだよ」

「はいはい。ふふっ、ココちんは、あいかわらずだなあ」

 とりあえず、僕と堤さんは、お茶と軽い焼き菓子だけを注文することにした。たのんだものは、すぐにやってきた。

「あの、あのね、廣井さんはこころのクラスの学級委員、えっと、副委員をしていて」

「へえ。……あ、そうだ、ココちん、副委員といえば、覚えてる? 一年のときの」

 非常に不本意なことではあるが、立花さんは、僕にはまったく関心がないようだった。

 いちおう、堤さんのほうは、僕に気を遣ってくれているようで、ときどき話題をふったりもしてくれているのだが、立花さんは、それについては完全にスルーを決めこんでいる。最低限の相槌をうつときにも、あきらかに生返事な感じで、どうでもよさげな態度だった。

 ともあれ、話題は彼女たちの中学時代のことにうつった。

「あれ、堤さんの写真を撮ってた友だちって、立花さんだったの?」

「は? ……たしかに、ボクが撮ったけど、それがなにか?」

 せっかく勇気を出して質問したというのに、なんという冷たい返答だろうか。彼女の、外見に似つかわしくない男のような一人称もあいまって、威圧的にすら感じる。思わず、僕はしどろもどろになってしまった。

「い、いや、なにっていうか……。まえに、アルバムを見せてもらったことがあって、印象に残っていたものだから」

 時期により、堤さんのアルバムには、写真の量にかなりのばらつきがある。これはご両親が、仕事に打ちこんでいたためあまり家におらず、彼女の日々の成長の記録を残していたのが、もっぱらおばあちゃんだったからというのが原因である。

 すなわち、未就学児童のころには健在だった祖母が、堤さんが小学校に入学する前後の時期だかに他界してしまったため、以降、何年にもわたって、写真が激減してしまったのだ。

 結局、写真の量が、多少なりと回復したのは、本人がカメラ付き携帯を手に入れた中学入学ごだった。当時の堤さんは、仲のいい友だち同士で、よく撮りっこをしていたらしいが、立花さんは、そのメンバーのひとりだったようだ。

「アルバムを見た……? なにがどうなったら、そういうことになるのさ」

「ほ、ほかの女の子たちと見せっこしてるときに、たまたま混ぜてもらっただけだよ」

 つい、言い訳じみた返事をしてしまったが、アルバムを見せてもらったぐらいで、なぜ、自分がこんなにも萎縮したような感じにならなければいけないのか、さっぱりわからない。どうも、相手の言葉のはしばしに、こちらを責めたてているような響きがあるのだ。

 正直なところ、態度の悪い女は、おなじような男以上に苦手である。こちらとしても気分がよくないし、堤さんの友だちでなかったら、とっくにこの場から立ち去っているところだ。

 残念だけど、解散したら、彼女の存在は記憶の奥に封印して、可能なかぎり思い出さないことになるだろうなあ。

 そんなことを考えてげっそりしていると、ふいに、堤さんが椅子から腰をあげた。

 そうして、すこしはにかんだような表情で『ごめんね、ちょっと待ってて』と言い残し、そのまま店の奥へと消えていってしまった。

 どうやら、お手洗いのようである。席には、僕と立花さんのふたりきり。

 気まずかった。堤さん、どうか早く帰ってきてください。

「キミ、廣井くんっていったね?」

 と思ったら、いきなり、立花さんのほうから話しかけてきた。ずいと身を乗りだして、顔を近づけてきた。

「ココちんとは、どこまでいったの? もうシた?」

 じっと、僕の目を見つめながら、彼女は小声で、しかしはっきりとそう言い放った。

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