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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第五章 花火大会の夜に
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第九十話 八月九日(木)昼 1

 基本的に、堤さんは長距離を歩くことを苦にしないタイプである。

 自転車に乗るのがあまり得意ではないらしく、子供のころからどこにいくにも徒歩が多かったのだという。中学生になるころには、すでに家事の大半をまかされていたそうで、なるべく安くていい食材を購入するために、商店街の店やスーパーをはしごしていたなどという話も聞いている。

 すくなくとも、これまで僕と買い物をしたときに、歩いていて疲れを訴えてきたことは、いちどもなかったのだ。

 ところが、今日はどこか様子がおかしかった。

「足が痛いの?」

「痛いってほどじゃないけど、靴がちょっと……。買ったばっかりのだったからかな」

 どうやら、新しい靴――赤を基調に、甲の部分に花のような飾りがついている――を履いてきたため、足に負担がかかってしまったようである。

 見たところ、ヒールが高いというわけでもなく、とくに歩きにくそうな靴ではなさそうだが、買ったばかりということなら、まだ足になじんでいなかったのかもしれない。

「だったら、どこかで休んでいく? 時間もちょうどいいし、昼食もかねて」

「うん、いいよ。じゃあ、この近くに公園があるから、そこにいこ」

 え? 公園で昼食?

 一瞬、きょとんとしかけた僕の鼻先に、堤さんが手荷物の鞄をかかげた。

「あのね、じつは、ふたりで食べようと思って、お弁当もってきたの」

「そ、そうなんだ。ありがとうね」

 思わず、僕は笑いそうになってしまった。

 朝、集合場所で聞いた話では、委員長がドタキャンの連絡をいれたのは、堤さんが駅についたあとだったはずだ。にもかかわらず、彼女は僕と『ふたりで食べる』ために弁当を作ってきたというのである。これでは、はじめからそういう計画だったと、自分で明かしているようなものではないか。

 うぬぼれではない。ここまできたら、断言できる。堤さんは、僕を好きになってくれたのだ。そして、たがいの関係を、もう一歩すすんだものにしたいと願ってくれてもいる。

 となれば、あとはもう、どんなタイミングで告白するかだけである。ロマンチックなムードがあるほうがいいよな。やはり、花火を見終わったあとだろうか。

 ふいに、不安になってきた。きちんと、気持ちを打ち明けることができるのか。

 かつて、幸に告白したときは、緊張のあまり呼吸ができなくなった。見かねた相手に抱きしめられ、やさしく勇気づけられ、それでやっと『好きだ』と伝えることができたのである。

 こんどこそ、あんな無様なことにはしない。絶対に、まっとうな告白をしてやる。僕は、強くそう思った。

 目的の公園には、数分たらずでついた。意外にも、三ノ杜のそれと比べて、遜色がない規模である。敷地など、こちらのほうが広いかもしれない。

 なかにはいると、何組もの親子連れや、若いカップルなどの姿が目に入った。ピクニックでもしているのか、それぞれ弁当を食べたりしつつ、のんびりとくつろいでいる。僕たちも、適当な場所を確保して、腰をおろすことにした。

 そこかしこの談笑のあいまに、セミの鳴き声が聞こえてくる。ときおり吹き抜ける風が心地よかった。

「はい、お弁当」

 にこりと笑って、堤さんが弁当箱ふたつと箸、その他一式を手渡してくれた。

「いただきます」

 おしぼりで手をぬぐってから、ひとつめの箱の蓋をあけると、中身は白米と梅干、すなわち、いわゆる日の丸弁当だった。おかず類はふたつめのほうにまとめられており、そちらはニンジン・ジャガイモ・インゲンなどの入った野菜の煮物と、肉団子だった。

 煮物は、形がしっかりしているのにやわらかで、ダシがよくしみていた。肉団子のほうは、中華ふうに甘酢あんがかけられており、コクのある味わいがなんともいえない。

「どうぞ、お茶」

 タイミングを見計らったように、堤さんが水筒を出してくれた。

「ありがとう」

 冷たい緑茶が、喉を通り抜けていく。

 あらためて、僕は深い感動を覚えていた。

 こんなに素敵なひとが、僕を好きになってくれたのである。なにかの間違いかと思ってしまいそうになるが、そうではないのだ。

 というより、このごにおよんで間違いなどと言いだすのは、もはや彼女にたいして失礼だとすらいえる気がした。

 やがて、弁当をたいらげ、片付けもすませると、つかのま言葉がとぎれた。あいかわらず、穏やかな風があたりを流れている。離れた場所では、数人の子供たちが走りまわっているようだ。

 いま、このときは、もしかしたら、ある意味ロマンチックなのかもしれない。ふと、僕はそう思った。

 なんとなく、堤さんのほうに視線をうつしてみた。

 目があった。彼女も、こちらの様子をうかがっていたようだ。

「堤さん」

 ごく自然に、流れるように、僕は彼女の名前を口にしていた。

「廣井さん……」

 ほんの少しだけ、堤さんの目が見開かれた気がする。綺麗に澄んだ瞳。ずっと見つめていたい。

 すうと、息をすいこんだ。この息を吐きだすのは、気持ちを打ち明けるときだ。愛の言葉をのせて……。

「ココちん? ココちんだよね?」

 いきなり、よこからだれかが声をかけてきた。弾かれたように、堤さんがそちらに向き直った。

「ね……ネコちん?」

 声の主は、僕たちと同年代ぐらいの少女だった。およそ五メートルほど離れた位置で、ひとりたたずんでいる。堤さんは、すぐにその場で立ちあがると、いそいそと相手に歩みよっていった。

 ――ひさしぶり。元気してた? 

 ほどなく、そんなやりとりが聞こえてきた。僕はなにもいえず、ただため息をつきながら、ぼんやりとふたりの様子を眺めることしかできなかった。

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