第八十八話 八月六日(月)黄昏 2
「そうそう、公平、アタシ来週これないからね」
唐突に、あすかがそんなことをいってきた。
「ほら、こっちだと、もうじきお盆でしょ? 帰省ラッシュがあるから、予約がとれなかったんだ」
き、帰省ラッシュ? それって死後の世界から、……いや、なにかヤバそうな気がするので、深く考えるのはよそう。でも、来週とは間が悪いな。
「いちおう、今週の木曜に、ちょっとしたイベントがあるんだけど……。ということは、すぐに教えてあげられないわけか」
「イベント? えっ、なになに、どんなの?」
二ノ宮市で開催される花火大会について、僕はあすかに話してきかせた。
「伝言係を引き受けるかわりに、僕も混ぜてもらえることになってさ」
「やったあ、チャンス到来だよ! これを機会に、幸さんでも委員長さんでも、落としちゃいなよ」
もうひとり、いるんだけどな。あすかは、堤さんの名前を完全にスルーしていた。おそらく、僕がはっきりと話題をふらなければ、徹頭徹尾、存在しないものとして扱うつもりなのだろう。
「残念ながら、幸は先約があって来れないみたいだよ。だから、僕と堤さん、それに委員長の三人で行くことになるね」
とりあえず『僕と堤さん』のところで区切ってみた。強調というほどではないが、多少なりと話のとっかかりに使えればと思ったのである。
「うっそ、幸さんこないのぉ? ……あ~あ、転校生さえいなかったらなあ。そしたら公平、委員長さんとふたりっきりになれるのに」
ところが、かえってきたのは、ある意味、想像どおりとはいえ、じつに呆れた物言いだった。
「おいおい、なんだよそれ。堤さんが場所を案内してくれるんだから、いないと困るだろ」
やれやれ、あまりにも前後の見境がない。そこまで、僕と堤さんがいっしょにいるのが嫌なのかねえ。
「だってさあ……。その転校生も、見ていれば公平と委員長さんの仲がいいってわかるでしょうに。そういうときは、気を利かせるぐらいして当然なんだよ?」
まったく、無茶なことを。だいたい、こういってはなんだが、この場合はむしろ……うん?
あれ?
えっ、これはもしかして?
いま、みょうな考えが頭をよぎったぞ。僕は、幸と委員長の顔を思いうかべてみた。それから、堤さんも。
だけど、そんなまさか。しかし、どうだろう。
なぜか、僕はこの思いつきというか予想が、まちがっていないのではないかという気がしてきた。
「……どったの? 公平」
「あ、いや、なんでもない」
いけない、会話の最中に、考えごとに没頭しすぎるのは、相手に失礼だ。
「まあ、いいけどさ。とにかく、この機会に委員長さんと親睦を深めないとダメなんだからね? 花火大会ってのは、そういうイベントなんだし」
どんなイベントだよ。僕は苦笑した。
どうやら、この子は現状、相手が堤さん以外でさえあれば、僕がだれと交際しようがかまわないと思っているようである。しかし、最初のころはそうではなかった気がする。
というのは、以前、あすかと会っているときに、幸と徹子ちゃんに遭遇したことがあり、そのときのこの子の態度が、かなり異様だったからだ。
あすかは、徹子ちゃんのほうには目もくれず、いきなり幸に抱きついて泣きわめきはじめたのである。そして、以降もずっと、相手から片時も離れようとしなかったのだ。
なにしろ、僕以外のその場にいた人間の全員が、あすかの存在を感知していなかったので、かなりおかしな状況になってしまった。幸のよこを歩かせようと、こちらの背中を押してきたり、そうかと思えば、相手の手をひっぱって、隣の席に座らせてしまったりと、それこそやりたい放題だったのである。
当時は、あすかの顔が堤さんに似ていることに気づいていなかったので、僕はこのことから、彼女と幸にはなにか関係があるのではと、勘繰ってしまったものである。実際、喋りかたの雰囲気などは、近いものがあったのだ。
もっとも、近いといっても、微妙な違和感はあった。
いや、むしろ、他人なのだから、雰囲気が似ていないほうがあたりまえであり、違和感があるほうがおかしいのだが……。なんだろう、ものすごく似ているために、かえって差異が目立つモノマネというような感じか?
とにかく、初対面のときなら、ただ似ているで済ませられたものが、聞き慣れていくうちに、だんだんと不自然さを感じるようになっていったのだ。
あるいは、この子はときどきやけに幼い口調になることがあるので、そちらのほうが素なのかもしれない。だとしても、なぜ幸のモノマネをしているのか、理由も目的もわからないのではあるが。
閑話休題。そのご、堤さんや委員長など、ほかのひとの話題が出る機会もふえ、あすかは、幸以外の女とも恋愛をする可能性を考えろと言うようになった。
いったい、どのような心境の変化があったのか。そもそも、なぜ最初のころに幸のことを特別あつかいしていたのか。こうしてあらためて考えると、あすかには謎めいた部分が多かった。
「公平、ほんとにどったの? 今日は考えごとしてばっかり」
「ご、ごめん」
しまった。僕はアホか。またしても、もの思いに夢中で目のまえの相手を忘れてしまっていた。あすかが、ぷくっと頬をふくらませている。かなり、むくれているようだ。
今週は、堤さんがらみのことをのぞくと、話して聞かせられることがすくない。結局、僕はのこりの時間を、あすかの機嫌をとるための、商店街の散策にあてざるをえなくなってしまった。