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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第一章 転校生と幽霊
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第九話 四月九日(月)朝 1

 そのごも、僕は幸と、ごくふつうに会話をすることができた。

 テレビ番組やヒットチャートの上位曲、あるいは最近よんだ本について、とりとめもなく話がつづく。

 昨日の口ぶりからすると、ずっとまえから、幸は僕の気持ちをしっていたようだ。それがほんとうなら、あの告白は、暗黙の了解を口にだして確認したというぐらいの意味しかもたないことになる。

 つまり、考えようによっては、これまでと、状況はなにもかわっていないということだ。

 いま、幸はこちらの思いを気づいていながら、まったく知らないような顔で、僕と『友人の会話』をしている。

 そして、僕も、彼女への思いを胸に秘めながら、それをおくびにもださずに、幸と『友人の会話』をする。

 ふだんどおりの日常。恋人になることがかなわないのなら、せめてそんな日々をずっと守れるように、願いをこめて、僕は言葉をつむいでいく。幸との『ふたりの会話』を織りあげていく。

「……公平さ、もしかして、寝てないん?」

 あっさりと見破られてしまった。

 なにしろ、幸と会話をすると、心がやすらぐのである。おかげで、僕は昨夜、寝室であれほど気持ちが張りつめていたというのに、まるでそれが嘘であるかのように、リラックスしていた。すなわち、さきほどからあくびを連発してしまっていたのである。

 いかにも眠そうにしている姿と、昨日の告白という事実とを考えあわせれば、幸ならずとも、僕がほとんど寝ていないという結論を導きだすのはたやすいことだったろう。

「じつはね。さっきもいったけどさ。遅くまで本を読んでたものだから、目がさえちゃって」

 それでも、僕は睡眠不足の理由を、直前まで話題にあげていた小説のせいにした。もっとも、ベッドにはいるまえに、かなり遅い時間になるまで、読書にはげんでいたのは事実である。

「本ばっかり読んで、ちゃんと寝ないとおおきくなれないぞぉ?」

 楽しそうに、幸が笑った。はて? 一瞬、相手がなにを言っているのかよくわからず、僕はきょとんとした。

 いちおう、身長にかんしては、男子の全国平均よりかなり高いんだけどな。去年のいまごろとくらべると、だいたい十五センチぐらいはのびているし、そもそも百七十八センチともなれば、充分に……いや、違う。そうか、わかった。これは、体に悪いからきちんと眠れと、謎をかけているのだ。

 友人としてであっても、気を遣ってもらえるのはうれしいし、すなおによろこぶべきだろう。しかし、これ以上、眠れなかったことについての話題がつづくのは、あまり好ましくない。せっかく自然に言葉をかわしているのに、おかしな雰囲気になっても困る。

 なので、すこしだけ話の方向性をずらしてみることにした。

「そういえば、幸はいつも朝が強いけど、夜に眠れなくなることってないの?」

「ん? ……昼寝するのは苦手だけど、夜はすぐ眠れるかな。アタシ、暗いと気持ちが落ちつくから。朝が強いっていうより、明るいともう休めないんだわ」

 なるほど、いわれてみれば、たしかにそのとおりかもしれない。幸は昼間に出歩くことをけっして厭わないが、それでも、日光やまぶしさなどのある時間帯よりは、日の暮れたあとのほうが安心できるのだろう。

 夜の闇のなかで見ているものも、僕と幸とではちがうのだろうか。なんとなく、そんなことを考えたりもした。

 ひとしきり、会話を楽しんでいるうちに、予定コースの三分の二ぐらいまできた。ここまで、迷子はひとりもいなかった。

 大仰に迷子パトロールなどといっても、することといえば、大通りに沿って決められた地区を練り歩くだけである。しかも、パトロール中をしめす札を首からさげているので、通行人が迷子に気づいたら、教えてもらうこともできる。

 急ぐ必要はまったくなく、いつしかのんびりと散歩をしているような気分になってきていた。

 だれぞ道に迷う子はいないかと注意しながらも、路傍の花の健気さに目をうばわれ、空の青の深さにすいこまれる穏やかなひととき。今年のボランティアは、なにごともなくおわるのかもしれない。

 ちょうど、僕がそんなふうに思いかけたときのことだった。

 ふいに、幸が足をとめた。

「あれ、子供だよな? ほら、公平」

 片手でオペラグラスをかまえながら、こちらに注意をうながしてきた。もう片方の手で、どこかを指さしている。

 しめされた方向を目で追うと、道路わきの植えこみのそばで、ちいさな女の子がしゃがみこんでいた。いかにも入学式用にあつらえたという感じの、華やかでかわいらしい洋服を着ているのが見えた。

「あ、ほんとだ。……かなり離れてるけど、よく見えるなあ」

 思わず、そうひとりごちてしまっていた。

 彼女の瞳は赤い。宝石のようにすら思えるそれは、特別製の品物である。

 だが、特別であるがゆえに、その仕様は日常生活に適していなかった。

 ひらたくいえば、弱視のたぐいである。それも、近視や遠視などの一般的なものとちがい、眼鏡では視力の矯正効果がないらしい。

 だから、彼女はいつも、遠くを見るときにはオペラグラスを、手もとなどの近くを見るときにはルーペを利用していた。

「いんやぁ? あんまり見えてないんだけどさ。ほら、アタシ、目が悪いぶんだけ超感覚が発達してんのよ」

 こちらのつぶやきに、律儀に言葉をかえしつつ、幸はいたずらっぽくほほえんだ。

 超感覚というのはよくわからないが、実際、視力が弱くても、彼女は問題なく学生生活をこなしている。

 授業では、万年最前列であるという点をのぞけば、とくにかわったところもないし、テストでも、ルーペをもちこむ以外に、なにか優遇されているというわけでもない。その条件で、学費減免措置を受けられるぐらいの成績をおさめていた。

 ――ふたりならんで、ゆっくりとくだんの女の子に近づいていくと、どうやら、相手は植えこみの茂みをいっしんにさぐっているようだった。

 声のとどく距離になった。

「にゃ~。にゃあん? にゃにゃにゃん」

 なぜか、女の子は猫語を話しているようだ。

「んん? ネコでもいるんかぁ?」

 気やすい口調で、幸が言葉をかけた。それでようやくこちらに気づいたのか、女の子が顔をあげた。僕はすぐに、その場でしゃがみこんだ。

 目の高さをあわせるためだったが、女の子は幸のほうばかり見ていた。

「うにゃ……?」

 きょとんとしたような表情だった。これは、僕たちを怖がっているというより、状況がよく飲みこめていないといった感じだろうか。

「しろいねこにゃんが。……あれ? ケイくんは?」

 あたりをきょろきょろと見まわしながら、女の子がいった。おそらく、猫をおいかけているうちに、友だちとはぐれたのだろう。

「ケイくんはわかんないなぁ。でも、さきにガッコにいっちゃったと思うよ。ねえ、あんた、今日、入学式なんだよね?」

「うん……」

 すでに、幸はサングラスをはずしていた。

 あまり表情にはでていないが、かなりまぶしいはずである。迷子で不安になっている子供を怖がらせないように、幸はいつもこうするのだ。

 ふたたびサングラスをかけるのは、相手が自分たちを信用して歩きだしてからである。聞きわけのない子供だと、ここからが長い。

 じっくりと幸の顔を見つめたあと、女の子はくいと小首をかしげた。外見がめずらしいのか、あるいは、視線があわないので、ふしぎに思ったのかもしれない。

 というのも、体質の問題でどうしようもないのだが、幸の瞳は本人の意思とは関係なく、こまかく揺れうごいているのである。

「まず、名前を教えてくれるかな?」

 幸がそうたずねると、女の子はすなおに答えてくれた。さっそく携帯で、学校に設営された本部へと連絡をいれた。

 どこの子か、すぐに確認がとれた。

「ほんじゃ、ガッコにいこうか。ケイくんも、きっとまってるよ」

「でも、ねこにゃんが」

 まだ、女の子は猫を気にしているようだ。ふうむ、ねこにゃんねえ。……おや?

「もしかして、猫ってあれかな?」

 小声で、幸に話しかけてみた。車道のむこうがわに、白い猫がいる。なんとなく、こちらのほうをうかがっているような気が、しないでもない。

「お、きっとそうだ。ほぉーら、ネコちゃんもガッコにいけっていってるぞぉ」

 いわれて、女の子もそちらに目をやった。道路をはさんで、ひとりと一匹がしずかに見つめあった。

 しかし、猫はすぐに顔をそらせ、どこかに走り去ってしまった。

 女の子は、猫がいなくなったあとも、しばらくその場でバイバイと手をふっていたが、やがて僕たちとともに歩きはじめた。

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