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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第五章 花火大会の夜に
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第八十七話 八月六日(月)黄昏 1

 ひとしきり、肩車の状態のまま歩きまわったあと、僕はあすかを地面におろしてやった。

 ベンチのところまで移動して、腰をかけると、あすかはあたりまえのような顔で僕の隣にすわり、さらに抱きついてきた。

 一瞬、なにか後ろめたいような気分になったが、なぜそう感じたのか深く考えるまえに、あすかが話しかけてきた。

「公平、先週はどんな一週間だった? 女の子と仲よくなれた?」

「うーん……。なにしろ、補習があったからねえ。勉強べんきょうで、とてもそんな暇は」

 毎日、堤さんが弁当を作ってくれていた。そのことを、あすかに伝えることができない。もし、幸や委員長がそうしてくれていたのだとしたら、この子は大喜びで詳細を聞きたがったはずだ。

 ほんとうに、なぜ堤さんではダメなのだろう。

 成仏するとか、しないとかいう以前の問題だった。僕が好きになった女性を、あすかにも好きになってほしい。ただ、それだけなのに。

 理由さえわかれば、納得できるかはともかく、まだしも対策がたてられる。現状では、情報量が少なすぎて、いかんともしがたかった。

「学校には行ってたんでしょ? だったら、なんかあるんじゃないの?」

「まあ……。いちおうは、あるかな。幸もゴーも補習には参加してないから、毎朝の登校は徹子ちゃんとふたりっきりだったんだ。それで」

 僕はあすかに、徹子ちゃんが兄の進学のことで悩んでいたという話を聞かせてやった。

「あとでゴーに尋ねてみたら、あいつ、卒業ごはすぐに家業の店で働く気だったみたいでさ」

 あすかが、顎のところに人差し指をあてて、小首をかしげている。

「ゴーくんちのお仕事って、呉服屋さんだっけ?」

「ああ。将来は、店を継ぐことになるらしいよ。それだと学歴も必要ないし、大学で遊ぶくらいなら、すぐに働いたほうがいいとか、なんか、そんなことをいってたな」

 将来についてのことであれば、僕にも喫茶店の経営者になりたいという夢がある。だが、それはそれとして、進学はさせてもらうつもりでいた。もちろん、遊び呆ける気はない。勉強したいことだっていろいろとあるし、なにより、人生経験という意味で、こんご絶対に役に立つと思うからだ。

「へえ、そうなんだ……。親がいいって言ってくれてるんだったら、遊んでもいいと思うんだけどなぁ」

「まえにも話したと思うけど、ゴーはお母さんがいちど離婚してるからね。しかも、じつの父親がかなり問題の多いひとだったらしくってさ。すぐに店で働くってのは、そういう経験をふまえたうえでの、あいつなりのいまの家族への恩返しなんだよ」

 なぜか、あすかはひどく居心地のわるそうな顔をしていた。

「どうしたの? あすか」

「……けど、いいよね。親が進学に賛成してくれるのって。アタシ、高校に行くの反対されたもん」

 高校に行くのを反対?

 相手の意外な言葉に、僕は面食らってしまった。

 たしか、この子は亡くなる直前の時期に、詳細は不明ながら、なにか進路についての悩みをかかえていたと聞いている。この口ぶりからすると、それは『高校進学を親に反対されていた』ことだったのだろうか。

 でも、大学ならともかく、高校に行くのを反対とは、いったいどういうことだ? 日本人の高校進学率は、もう何十年もまえから、90%を割ったことがないはずなんだけどな。

 もしかして、冗談ぬきに、あすかは、僕よりずっとまえの世代なのか?

 いや、まて。そうと決めつけるのはまだ早い。どうやら、いま、彼女は自分のことを話す気になっているようだし、ここはもうすこし探りを入れてみよう。

「よくわからないんだけど……。それってどういう意味? 私立にいきたいのを公立にしろと言われたとか、そういうこと?」

「ちがうよ。高校自体、いっちゃダメってこと。家にお金がないんだってさ」

 ふむ、やはり……。だがしかし、これだけでは世代が違うという証拠にはならないか。テレビのニュースや新聞によると、最近は、不景気のせいで貧困にあえぐ家庭が多いらしいし、金がないというのはそちらの意味かもしれない。

「なんか公平、もしかして勘違いしてるかもだけどさ、アタシんち、べつに貧乏じゃないからね?」

「は?」

 見ると、あすかはかなり渋い顔をしていた。

「だいたいねえ、パパがあんなに毎日おそくまで一生懸命に働いてくれてたってのに、お金がないなんてありえないんだってば。どう考えてもウソだよ、ウソ。まったく、息すって吐くみたいに口からでまかせばっかり」

 いったい、この子はなにをいっているのだろうかと思った。あすかは、ひどく忌々しげに眉をひそめている。

「ちょっとまって、あすか。ウソってのは?」

「だから、アタシの進学に反対してたのは、母親なのよ。パパはふつうに賛成してくれてたのに。それで毎日ケンカしてんの」

 ため息まじりに、あすかはつづけた。

「さんざん、パパが『子供を高校にやる金ぐらいあるから』って力説してんのに、母親がひとりで『生活していけなくなる』とか言ってがんばってるんだよ? もう最悪」

 な、なんだそりゃ? どんな状況か、さっぱり理解できないぞ。

「えっと……。お母さんは、どうしてそんなことを?」

「知らないよぉ。アタシの母親、わけわかんないもん。だいたい、自分は働きもしないで日がな一日ゴロゴロしてるだけのくせに、お金がないとか、ほんとよくいうわ」

 そんなことを言われても、聞いてるこっちもわけがわからん。働いてないということは、あすかの母親は専業主婦なのか? だけど、それにしたって、家事とかがあるだろうに。

「もうすこし、わかるように話してよ。お母さんのことなんだよね? 一日ゴロゴロって、どういうことさ。外でお金を稼いでなくても、家のこととか」

「掃除も洗濯も、ぜんぶアタシがひとりでやってたっつうの! 母親なんか、病気だとかなんとか言いわけして、いっつもボケーっとしてただけなんだから」

 病気という言葉に、思わずどきりとした。同時に、僕は相手のあまりにひどい物言いに、不愉快という以上の強い憤りを感じた。

「お、おい、なんだよそれ。病気で臥せっているんだったら、働けなくてもしかたないだろ! ……あ、いや」

 しかし、なんとか感情をおさえこむと、頭ごなしにならないよう、つとめて冷静に、相手から話を聞きだす努力をすることにした。

「おほん。……それで、つまりお母さんはいったいどんな病気だったの?」

「さあ」

 ひどく短い返事だった。とたんに、自分の顔が、かっと熱くなったのがわかった。さすがに、相手もこちらの顔色がかわったことには気づいたらしく、すこし怯んだように言い直した。

「き、聞いても教えてくれなかったもん。ずっとゴロゴロしてるんだから『ただひたすらゴロ寝したくなる病』とかじゃないの?」

 まったく要領をえない。なんなんだその『ただひたすらゴロ寝したくなる病』とは。

「つうか、この話、ナシ! うっかりしてたけど、アタシ、こういうこといっちゃダメなんだってば。はい、終わりおわり。つぎいってみよー!」

 あわてた様子で、あすかが両腕を交差させた。〆のジェスチャーのようだ。

 むう、ここまでかと思った。この子が自分語りをするのは、かなり珍しいことである。腹が立ったのはさておくとしても、もっとくわしく事情を聞いておきたかったのだが、あすかは、もう話す気はなさそうだった。

 それにしても、情報不足だからしかたないとはいえ、ほんとうに意味不明な話である。わかったのは、あすかの母親が、病気で臥せっていたらしいということだけだ。あるいは、具体的な病名をこの子が教えてもらっていないところをみると、単純に、虚弱な体質ということかもしれないが。

 体が弱い女性と聞いて、僕がすぐに連想するのは、幸である。もしも、彼女が他人から、そのことで悪くいわれたらと考えると、想像しただけで腹の中が煮えるし、たとえ冗談でも、そんなことは口にしてほしくないと思う。

 これは、いますぐかはともかく、この子にはいちど強く言っておく必要があるのかもしれないな。

 そもそも、進学をよくわからない理由で反対されたというのは、あすかにとっては不愉快なことだったろうが、親にも事情があるはずだということを考慮にいれれば、どこかに誤解が存在していてしかるべきなのだ。病人を悪くいうこともふくめ、そのあたりはきっちり伝えておいたほうがいい。

 ときどき忘れそうになるが、あすかは幽霊、すなわち、すでに亡くなった人間である。生きている人間とちがい、こんご成長することはないのかもしれないし、説教のたぐいなど、しても無意味という考えかたは当然ありえる。

 だが逆に、こうして魂だけでも存在しているのだから、変われる可能性もあると考えることだってできるのだ。生前、折りあいの悪かった相手を許すことや、自分の足りなかった部分をかえりみることも、やってやれないことはないはずだと、僕は信じたかった。

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