表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第五章 花火大会の夜に
85/210

第八十三話 八月四日(土)勉強会 1

 玄関の呼び鈴を押すと、幸の母親――静江さんが出迎えてくれた。

「ふたりとも、いらっしゃい。幸なら部屋にいるわよ」

 勝手しったる他人の家とばかり、僕たちは二階にある幸の部屋にむかった。ドアをノックすると、どうぞという声が聞こえてきた。

「お邪魔します」

 挨拶をして、なかにはいると、幸がベッドのへりに背をもたれさせて、こちらを見ていた。部屋の中央のテーブルには、筆記用具がならべられている。僕たちが来るまえに、さきにひとりではじめていたのかもしれない。

 もちろん、勉強をである。

 じつは、本日、僕たちが幸の部屋を訪れたのは、なにをかくそう、みんなで夏休みの課題をするためなのだ。

 わが三ノ杜学園は、自由度の高い校風である反面、それを享受するためにこなさなければならない義務が多い。とくに、夏休みに代表される長期休暇中の課題は、膨大という形容詞を使いたくなるほどだ。

 とにかく、量がありすぎて、ひとりで終わらせるのはかなり厳しいのである。そこで、仲間内であつまり、教えあいながら一気に課題を進めるというのが、長期休暇中の学生の慣習のような感じになっていた。

「ま、適当にすわって、ふたりとも」

「じゃあ、失礼させてもらうよ、幸」

 とりあえず、テーブルを囲むようにして、用意されていたクッションに腰をおろした。ゴーが、徹子ちゃんのいない理由を幸に説明している。

 幸と会うのも、一学期の最終日以来である。彼女は進学希望なので、ゴーとはちがい、本来は補習に参加するはずだった。ところが、日程と時間割、そして夏という季節を考慮した結果、体力的にむりがあるというので、かかりつけの医者からストップがかかってしまったのである。

「課題、すすんでる?」

「ぼちぼち。しっかし、ひどい量だよ、これ。ふつうに補習いくより大変なんじゃないかなぁ」

 いって、幸は僕たちにプリントと問題集の束を見せてきた。なんというか、枚数や冊数ではなく、重さの単位で数えたくなるような、巨大な紙の塊である。思わず、僕は苦笑をもらしてしまった。

 いかに夏休みの課題が膨大といっても、さすがにこれはありえない。幸の場合、補習に参加できないぶん、量が増やされているのである。

 正直なところ、補習を受けるのもけっして楽ではないが、この塊とどちらがいいかと問われると、迷いを感じざるをえなかった。

「でさ。ちょっとわかんないところがあるから、あとで教えてほしいんだ」

「うん、いいよ」

 僕と幸だと、成績は、いちおうこちらのほうが上になるが、そこまでいうほどの差はない。それなのに教えてくれということは、たぶん、彼女の課題の範囲に、補習授業でやった箇所が含まれているからなのだろう。

 さて、ダラダラしていても時間がもったいないか。それでは、さっそくはじめるとしよう。そう思い、筆記用具をととのえたところで、ドアをノックする音がきこえてきた。静江さんである。手に、人数分のグラスがのったお盆をもっていた。

「麦茶をどうぞ。……ねえ、公平くん、最近うちに遊びにこないけど、どうかしたの?」

「べつに、どうというようなことは……。昨日までは、補習もありましたし」

 相手のいうとおり、僕はここ一ヶ月強ばかり、この家に遊びに来ていなかった。それどころか、幸といっしょにすごす時間も、以前と比べてかなり減ったような気がする。堤さんに仲よくしてもらえるようになったら、自然とそうなっていったのだ。

「公平、最近はカノジョとラブラブするのに忙しくて、アタシと遊んでる暇がないんだってさ」

 いきなり、幸がよこから口をはさんできた。彼女という予想だにしない言葉に、僕は狼狽してしまった。

「い、いや、堤さんは、そういう相手では」

「あっれぇ? アタシ、だれとか言ってないけど、なぁんでココの名前が出てくるのん?」

 うわあ、しまった。僕はアホか。カマをかけられたのだ。くう、見事にひっかかってしまったぜ。

「ええっ、公平くん、彼女ができたの?」

「はい。四月に転校してきた子なんですけど、補習中は毎日、こいつのために弁当を作ってきてたみたいで。な、コウ?」

 訳知り顔で、ゴーが補足をくわえている。幸が、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべていた。

「たしかに、弁当は作ってもらいましたけど……。というか、ゴー、おまえ、なんでそんなこと知ってるんだよ。補習に来てないのに」

「徹子に聞いたんだよ。マリア先輩って、委員長のことだろ?」

 ぬう、委員長がリークしていたのか。そういえば、こいつは、例の噂についてもしっかり把握してたんだよなあ。おそるべし、ゴーの情報網。

「ふうん、そうなんだ……。公平くんに彼女が、ねえ」

 いっしょになってからかわれるかと思ったが、静江さんは、どちらかというと呆然としている様子だった。よほど意外だったのだろうか。

「そ、その、ほんとうに、彼女ってわけじゃないです。たんに、最近、仲よくしてもらっているってだけで」

「そうそう、毎日ふたりで帰って、仲よくお弁当の材料を買ってんの。彼女ってか、もう夫婦?」

 じつに絶妙なタイミングで、幸が混ぜっかえしてきた。たちまち、顔が熱くなってしまった。なんだか、説明すればするほどドツボにはまっていく気がする。

 それからしばらくは、勉強もそっちのけで、静江さんに、堤さんについての説明をする破目になった。

「ああ、あの背がたかくて、かわいい顔した子」

 どうやら、静江さんは、堤さんに会ったことがあるようだった。聞けば、以前、委員長といっしょに、この家に遊びに来たことがあるのだという。

「へえ、公平くんも隅に置けないわね。あんなかわいい子を彼女にするなんて」

「で、ですから、堤さんは彼女というわけではないんです。いっしょに帰ったり、買い物をしたりすることがあるだけで」

 静江さんは、笑顔で話を聞いてくれていた。

 ただ、なぜなのかはよくわからないが、ときどきふっと遠くを見るような目をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ