第七十九話 八月三日(金)昼休み 2
本日の弁当は、ゆかりご飯と手捏ねのハンバーグがメインのものだった。ほかには、塩茹でしたブロッコリーとマッシュポテト、漬物、プチトマトなども入っている。
「へえ、いかにも男の子が食べそうなお弁当ね。おもにご飯の量とかが」
からかうような口調で、委員長がいった。
「ああ、これは僕がお願いしたんだ。勉強すると腹がへるからね」
弁当を作るのにあたって、堤さんはこちらの好物を知りたがった。料理が趣味のひとだし、凝り性なのだろう。
こちらとしては、食べ物の好き嫌いは基本的にないし、まして、作ってもらうのに、文句をつけるつもりもない。ただ、初日はご飯の量がすくないように思えたので、それだけは伝えておいたのだ。
「あの……。ハンバーグはどう?」
「おいしいよ。野菜がアクセントになっていて、歯ごたえがいい。好きだな、これ」
ハンバーグは、中サイズのものが四つあり、それぞれ種類のちがう野菜――細かく刻んである――が混ぜこまれていた。味がいいというだけでなく、しっかりと栄養がとれそうな感じである。
「ふうん……ハンバーグも手作りなんだ」
いって、委員長が自分のシュウマイを口にはこんだ。もぐもぐと、顎をうごかしている。
「あ、はい。昨日は、ひき肉が安かったので」
にこりと笑って、堤さんがハンバーグの作りかたについての解説をはじめた。
どうやら、僕が、ちょうどいま口にいれたハンバーグには、ゴボウが入っているようだ。説明を聞いていると、かなりの手間をかけて作られたものであるらしい。
サイズは違うが、堤さんの弁当箱にも、おなじものが入っている。いっしょに作っているのだから当然ではあるが、おそろいのようで、すこし気恥ずかしかった。
「ふたりぶんも、三人ぶんも、かかる手間はたいして違わないです。量が多いと、ひとりあたりの材料費も安くなるしで、いいことばかりですよ」
いつのまにか、堤さんの話は、自分と僕のほかに、家族、おもに母親の弁当も作っているという内容にうつっていた。委員長が、しきりと感心したような相槌を打っている。
なんとなく、僕は、彼女のお母さんも、これとおなじ弁当を食べているのかと思った。
とりようによっては、僕が堤さんに弁当を作ってもらうのは、彼女の家の食事に招かれているようなものだと言えるのかもしれない。だからといって、どうというようなものでもないが、そこがみょうに楽しく感じられた。
やがて、弁当を食べおわると、堤さんは、こんどはべつのタッパーを取りだした。
「廣井さん、これ」
夏みかんの砂糖漬けだった。彼女には、食事の最後を甘いものでしめくくる習慣があるらしく、毎日、かかさず果物を用意してくれているのである。
「ありがとう、いただきます」
フォークを受けとると、ひと切れもらって口に運んだ。とたんに、さわやかな甘ずっぱさが舌のうえに広がった。
ついでに、アイスティーもわけてもらった。堤さんが家で淹れて、魔法瓶につめてきたものである。よく冷えていて、口のなかがさっぱりした。
「いたれり尽くせりですねえ……」
ペットボトルの緑茶をちびちびと飲みつつ、委員長がいった。
「でも、ココちゃん、お弁当のお金とかはどうしてるの?」
「お買い物のときに、廣井さんのぶんもいっしょに買って、その場で払ってもらってますよ。さっきもいったけど、量がおおいとそれだけ安上がりになるから、助かってます」
材料費を払うのは、あらためて言うまでもないことである。委員長が知りたいのは、べつのことだろうと僕は思った。
「じゃあ、手間賃とかも?」
「え? ……あ、そんな、素人のお弁当で、お金なんてもらえないですよ。食品衛生法違反です」
両手をまえに出し、堤さんが『いけません』とでもいうようなジェスチャーをした。食品衛生法という単語になじみがなかったのか、委員長はきょとんとしたように小首をかしげた。
堤さんは、僕さえよければ後期の補習期間も、二学期になってからも、ずっと弁当を作るといってくれている。母さんに、そのことを話したら、ひとしきり喜ばれたあと、材料費とはべつに手間賃を払ってやれといわれた。
そこで、つぎに堤さんと会う際に、相応のお金を用意していったわけだが、彼女は頑として受けとらなかったのである。その理由が、食品衛生法だった。
いくらなんでも、個人的な手作り弁当の代金を受けとるぐらいで法律にふれるとは、ちょっと考えづらい。しかし、堤さんは冗談をいっているようには見えなかったし、あまりしつこくするのもどうかという気がしたので、すなおに彼女の厚意に甘えることにした次第である。
補足しておくと、あとでネットでも調べてみたりしたのだが、彼女がそんなことをいう根拠になりそうな情報は見つからなかった。あるいは、堤さんはなにか勘違いをしているのかもしれない。
というのも、こういってはなんだが、堤さんは天然ボケというか、ときどきよくわからないことを言いだすことがあるのだ。
「それに、お金なんかもらわなくても、廣井さんがよろこんでくれれば充分です」
なかなか強烈なセリフを、堤さんはあっさりといってくれた。委員長が、苦笑めいた表情をうかべている。僕は嬉しいような、くすぐったいような、おかしな気分に襲われてしまった。