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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第一章 転校生と幽霊
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第八話 四月九日(月)早朝 4

 僕たちの在籍する私立三ノ杜学園は、一貫教育システムを採用している。いわゆるエスカレーター式の学校で、小学校入学から高校卒業に相当する期間、おなじ施設で学ぶわけだ。

 その歴史はまだたった六年で、ちょうどそのころに僕がかよっていた三ノ杜小学校をふくめ、すでにあったいくつかの小・中・高校を統合するかたちで成立した。

 あたらしいだけあって、設備はととのっており、独自色の強い自由な校風、教育の質のよさ、それにともなう進学率の高さ、教師たちの専門分野へのコネクション、さらに学業やスポーツで成績優秀な学生への学費減免措置など、かなりめぐまれた学校といえる。

 条件がいいぶん、近隣地域以外からの子弟の入学、あるいは途中編入をのぞむ家庭はおおい。そのため、わが三ノ杜学園は、この少子化の時代にあってはめずらしく、かなり学生数のおおい学校ということになった。

 始業式のように、本来であれば全学生が一堂に会すべきイベントも、講堂にはいりきらないので、時間差でおこなわれる。初等部、すなわち、ふつうの学校であれば小学生に相当する時期の児童からはじまり、高等部の学生まで、三回にわけて挙行されるのである。

 さて、それでは午後からの登校で充分なはずの僕たち高等部の学生が、なぜこんなに早い時間に集まっているのかということになるのだが、じつは、これからボランティア活動をおこなうのである。

 今日は始業式の日であると同時に、初・中・高等部の入学式の日でもある。とくに、初等部にかんしては、わが子の晴れ姿を目に焼きつけようと、親が付き添って登校してくることが多い。

 しかし、いっぽうで、家庭の事情から親が同伴できない児童もまた、それなりに存在している。

 このご時世、両親が共働きでいそがしいというのはよくあることだ。そういう場合、たいていはべつのだれかにたのむなり、集団で登校するなりして対処するのだが、困ったことに、通学路の道順を満足におぼえていない子たちが相当数いる。当然、迷子になるものがでてきてしまう。

 そこで、学生ボランティアの登場である。つまり、始業式の日の朝に、時間のある中・高等部の学生有志が、親の都合のつかない児童に付き添ったり、迷子がいないか街をパトロールしたりするわけだ。これはPTAにもすこぶる好評で、毎年恒例の行事になっている。

 生徒会の主導で、事前に地区・時間などの割り当ても決められており、なかなかシステマティックだ。迷子パトロール以外で動いている人間もいて、それらをすべて含めると、人員は数十名にもおよんでいる。

 ちなみに、このボランティアをはじめたのは、幸である。

 四年まえの始業式の朝、用事があってはやい時間帯に街にでていた幸は、迷子の新一年生に遭遇した。彼女はその子を学校までおくっていき、それから数日間、相手が通学路をきちんとおぼえるまで登下校を共にした。

 翌年、幸はおなじようなことがあるかもしれないと思い、早朝から街にでた。その年は、僕とゴーも、誘われていっしょだった。

 迷子には、やはり遭遇した。それも、道々で拾うこと三人もである。遠足の引率のような気分で、僕たちは彼らを学校までつれていった。

 さらに翌々年。もはやそれは、幸の個人的な活動ではなくなっていた。

 きっかけは、くだんの三人の子供たちの親が、学校にお礼の電話をしたことだった。当時の幸の担任が話を聞きつけ、学生ボランティアとして定着させられないかと考えたのである。

 担任に水をむけられ、幸は自分のしてきたことを正式な学生ボランティアとするよう生徒会に要望を出した。それは認められ、参加人数もおおくなり、巡回場所を分担したり、家から直接つきそったりと、きめこまかな活動もできるようになった。

 幸にとっては今年で通算五回め。僕とゴーは四回め。昨年から参加するようになった徹子ちゃんにとっては、二回めの学生ボランティア活動だった。

 閑話休題。迷子パトロールは、ふたりひと組で割りあての地区をまわることになっている。組みあわせは自由だったはずなのだが、なぜか男女ペアでということになったようだ。どうやら、僕とゴーが話をしているあいだに、そう決まったらしい。

 あたりまえのように、ゴーと徹子ちゃんが組んだ。下級生たちも、男女の友人同士だったのか、それぞれペアになった。のこったのは僕と幸だけである。

「うっしゃ、じゃあいくかぁ」

 ぱんと景気のいい音をたてて、幸がかしわ手をうった。

 じつに自然な態度だった。うっかりすると、昨日、僕が抱きしめられながら告白し、幸が涙を流しながらそれを断ったという全米が泣きそうなできごとが、夢だったのかと錯覚してしまいそうになった。

「ところでさ、公平。さっき、タケちゃんとむこうでなに話してたん?」

 歩きながら、幸が聞いてきた。さすがに、昨日の顛末を説明していたとはいいにくかった。

「春休みのあいだに起こったことを、いろいろかな」

 とりあえず、ごまかしてみた。

「ふうん……。いや、てっちゃんがねぇ……。あんたとタケちゃんをいっしょにすると、サボってナンパとかに出かけるかもしれないから、自分とペアにしてくれってさ。たのまれたんだ」

「なんだそりゃ」

 思わず、噴きだしそうになった。

 ナンパに出かける懸念があるのは、僕ではなく、ゴーのほうである。あいつはそういうことが大好きで、しかも失敗しても懲りないのだ。

 たとえば、昨年、ゴーはなんどかクラスメイト同士での合コンを企画した。しかも、参加した女子にはかならずデートを申しこんでいたようだ。

 結果、ひとりの女子と、交際にまでこぎつけたという噂も聞いている。

 ただし、その恋人とは、ものの一、二ヶ月ぐらいしかもたなかったらしい。早々に別れてしまったのと、なぜか本人が説明したがらないので、相手がだれだったのかまでは把握していないが、ようするに、軽いノリでつきあいはじめたために、うまくいかなかったといったところだろう。

 いちおう、そのせいでクラスの雰囲気が悪くなったとか、まして修羅場があったとかの形跡は見られなかったので、そのあたりはさすがというべきなのかもしれない。

「いくらゴーでも、ボランティアの途中でナンパはないって。そのぐらいなら、はじめから来ないよ」

「うーん。アタシもそう言ったんだけどさ。自分で見ていないと、不安なんだって」

 苦笑めいた顔で、幸がちいさく肩をすくめた。

 徹子ちゃんは、けっして悪い子ではないのだが、いささか頑なで思いこみの強いところがある。とくに、兄であるゴーの女性関係については、それが顕著だった。

 彼らの両親は再婚同士であり、ふたりはともに連れ子。すなわち、家族といっても義理の関係で、徹子ちゃんはゴーのことを、兄としてではなく男として意識しているふしがある。

 もちろん、いかに女好きのゴーといっても、さすがに妹にはそんな感情をいだいていないようで、徹子ちゃんの態度については、ときどき愚痴をこぼしていた。

 ――しばらくゴーたちについての話をつづけているうちに、ふと言葉がとぎれた。

 沈黙に、気まずさは感じなかった。むしろ、心地よいとすら思えた。なんとなく、僕はのびをしてみた。

 しずかにそよぐ風と、晴れわたった空。陽光が燦々とふりそそぎ、じつに春めいたうららかな天気である。

 だが、とある一般的でない理由から、気候の明朗さがすばらしいと、手ばなしでほめることができなかった。

 朝から、幸は日傘をさしていた。そして、つば広帽子をかぶり、サングラスをかけている。それだけではなく、手首までかくれる手袋をはめ、長袖の衣服のしたには、巻きスカートのあしらわれた長ズボンを穿いている。

 これらの個性的な装飾品や衣服の取りあわせの数々は、幸の趣味というよりは、ほとんどが必要にかられてのものだった。

 なにしろ、幸の乳色の皮膚には、人体を紫外線から守るメラニン色素が、ほとんど存在しないのである。そのため、直射日光にあたると、体調を崩してしまうことになる。

 だから、彼女はいつも肌に日焼けどめクリームを塗っているし、夏など暑いときでも、屋外にでるときには、露出のないかっこうをしなければならない。

 帽子やサングラスなどについても同様である。幸の赤い瞳は、光に弱いのだ。

 赤といっても、それは血液の色で、瞳じたいは無色透明に近いため、あらゆる光をさえぎることがない。そのせいで、幸はふつうの人間ならどうということもない強さの光であっても、まぶしさを感じてしまう。ことによっては視力にさわる危険もあるため、必然的に、帽子などで目のあたりを影にしなければならないのである。

 三ノ杜学園には、襟のないデザインの指定制服は存在するものの、数年まえから着用の義務がなくなっている。僕のように、制服を着るものもいれば、ゴーのように、私服――今日は黒っぽいシャツをつけていた――で通すものもいるのだ。幸の特殊な服装も、とくに問題にはならなかった。

「そういえば、ネットで見かけたんだけどさ。サングラスとおなじ効果をもったコンタクトレンズがあるんだって?」

 ふと思いついて、あたらしい話題をふってみた。

 むこうも自然な態度だったが、こちらもとくに緊張はしていない。告白してふられた。そのことは、ふたりの関係が変化してしまうのに充分なインパクトをもつ事件であったはずだが、いままでどおりに接することができている。

 昨日のうちに、きちんとおたがいの考えていることや、これからどのようにつきあっていきたいかを、話しあっておいたのがよかったのかもしれないと思った。

「ああ、興味はあんだけどね。お医者にとめられてるんだ。なんか、眼球を傷つけるかもしれないとかで」

「へえ……。それは、残念だね」

 こちらからすれば見慣れたものなのだが、やはりサングラスは、見た感じの印象があまりよくないようなのだ。なにより、本人の美的感覚にもあわないらしく、はずせるときには極力はずしている。

 とはいえ、今日のように天気のいいときには、やはり使わないと厳しいらしい。コンタクトですませられれば一番だと思ったのだが、目によくないのではしかたがなかった。

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