第七十七話 八月三日(金)朝
夏休みである。
しかし、休みではなかった。
というのは、わが三ノ杜学園が、いわゆる進学校に分類される学校だからである。すなわち、進学希望の学生むけに、夏季補習授業というものが用意されているのだ。
具体的にいうと、朝の八時半からはじまり、すべての授業がおわって帰れるのは夕方の五時すぎである。これでは平日とかわらない。
なお、一・二年生は前期と後期にわかれており、前期は夏休みの初日にあたる七月三十日から八月三日までの五日間となる。
三年生になると、そういった区分もなく、夏休み返上で勉強漬けということになるようだった。
本日は、その前期夏季補習授業の最終日となる八月三日である。この五日間、なかなか大変ではあったが、ようやく、あすから夏休みらしい夏休みがはじまるのだ。
「あ、公平さん。おはようございます」
徹子ちゃんだった。場所は、いつも待ちあわせに利用しているコンビニのまえである。幸もゴーも、補習には参加していないので、登校は彼女とふたりきりだった。
「やあ、おはよう。じゃ、いこうか」
僕たちは、ならんで歩きだした。
補習授業がはじまる数日まえから、徹子ちゃんは髪型をかえていた。以前は、子供っぽいおかっぱ頭で、座敷童子を思わせるほどの風貌だったのだが、いまは、ずいぶんと垢抜けているように感じられる。
ただし、ならばいったいどの部分がかわったのかと問われると、よくわからないと返答せざるをえなかった。
とにかく、ボブカットの一種であることにはかわりないのだ。強いていえば、髪の量というか、ボリュームが、これまでと比べて抑えられている気はする。
ハサミの入れかたひとつで、おなじような髪型でも、雰囲気がかわってくることがあるのかもしれない。蛍子さんにカットしてもらったとのことだった。
さて、そんな徹子ちゃんであるが、学校への道すがら、雑談をきっかけに、最近の悩みを相談してきた。例によって、兄についての心配ごとである。
「……それで、ゴーはなんと?」
「やっぱり、気持ちにかわりはないみたいです。お父さんも、進学には賛成してるんですけど」
どうやら、ゴーには大学にいく気がないようだった。高校卒業ごは、家業である錦織呉服店で働くつもりらしい。
当然のことではあるが、進学校に在籍しているからといって、かならず大学に行かなければならないという決まりはない。ただ、実際問題として、進学する意思のない学生は、中等部卒業時点で他校にうつることがほとんどなのだ。
ゴーのように、高等部まで来ておきながら大学にいかないと言いだすのは、あまり例がない気がする。
あいつの場合、学業の成績が悪いわけではないし、その気になれば、スポーツ特待生という道だってある。まして、家族も進学には賛成しているのに、いまの段階で大学をあきらめるというのは、どうなのだろうと思わないでもなかった。
「まあ、ゴーの人生だし、外野からとやかく言うようなことじゃないのかもしれないけど……。うん、あとで、僕からもいちおう話は聞いてみるよ」
「すみません、そうしていただければ。家族だと、逆に、遠慮しちゃうこともあるかもしれないですし」
気だるげな様子で、徹子ちゃんがため息をついた。かなり落ちこんでいるようだ。
ふむ、遠慮か。僕は内心でひとりごちた。
この兄妹には、血のつながりがない。ゴーは後妻の連れ子であり、徹子ちゃんは先妻の子である。僕の見るかぎり、こと家族という意味あいにおいて、ふたりはじつに仲がよく、とくになにか負の要素があるようには感じられないが、もとが他人だった以上、どこかしらに気をつかうような部分もあるのだろう。
もちろん、ひとの家の問題に、僕などが首をつっこんでいいとは思わないが、それでも、言いにくいことの橋渡しをするぐらいはできるはずだ。こういうときに、一肌ぬげないようでは、友だちである甲斐がないではないか。
そう思い、僕はひそかに自分に気合をいれた。




