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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第四章 噂話と誤解と疑惑
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第七十五話 七月九日(月)黄昏 2

 つづいての話題は、例の噂である。はたして、どう説明するべきか。僕は言葉を選びながらしゃべっていた。

「はじめはふつうに会話していたのに、ふとした瞬間に言葉がとぎれたんだ。受話器ごしだったけど、なんとなく、幸の様子がおかしいように感じられた」

 こちらの言葉に、あすかが怪訝そうに小首をかしげた。右手の人差し指を、あごのあたりにあてている。そういえば、このしぐさもと思った。彼女の、考えごとをするときの癖である。

「はて、どうしたんだろうと思ってさ。続きをうながしてみたら、いきなり『公平が女とつきあっているらしいという噂を聞いた』とか言われたわけ」

「ほえ? 公平、女とつきあってんの? えっ、いつのまに?」

 素っ頓狂な声だった。おまえがそれをいうか。僕は苦笑した。

「ちがうよ。まあ話を聞きなって。……で、僕にはそんな覚えはなかったんだけど、どうも、幸はその噂を信じこんじゃってたみたいなんだ」

 身に覚えはなかった。ないと思っていた。堤さんに、くわしい話を聞くまでは。

「こっちが違うって、なんども否定してるのに、幸はぜんぜん信じてくれなくてさ。それだけならまだしも『もし告白したことに遠慮して、嘘をついているのなら気にするな、正直に言ってくれ』とか言いだすもんだから、さすがに僕も腹がたって、挨拶もそこそこに電話を切ってしまったんだ」

「腹をたてた……?」

 話のなりゆきに不安を感じたのか、あすかが心配そうな表情をうかべた。

「あ、もちろんあとでちゃんと仲直りしたけどね。……さて、この話にはまだ続きがある。日曜日、さっきもいったけど、ゴーたちと遊んでいたときに、いっしょにその噂についての話題がでたんだ。こんどは街で、僕がだれか女とキスをしていたという内容にかわっていた」

「ちょ、えっ、なにそれ? どういうこと?」

 キスと聞いたからか、いきなりあすかの瞳がかがやきだした。こんなふうに、話の機微に反応して、ころころ表情がかわると、こちらとしても説明のし甲斐がある。ほんとうに、この子は嘘がつけないタイプなんだなあ。そうほほえましく思いかけたところで、僕はなんとも形容しがたい気分におそわれた。

「つまり、話に尾ひれがついて広がっていたってわけ。徹子ちゃんなんか、目をいからせて『どういうことですかっ』とか聞いてくるしさ。ほんと、参っちゃったよ。で、僕としてもよく状況がつかめなかったから、とりあえず、ゴーに噂の詳細について説明してもらったんだ」

 それから、僕は話しあいの内容および蛍子さんのアドバイスを、相手にざっとかいつまんで語ってきかせた。

「へえ……。けど、変な噂だね。なんでそんなことに?」

 ふしぎそうに、あすかが首をひねっている。さあ、ここからだと思った。どう伝えるか。そして、どう確認をするか。

「さらに翌日、話は意外な展開を見せる。朝、学校にいったら、なぜかクラスのみんながこっちを注目していたんだ。そして、委員長と堤さんが僕のそばによってきた。いったい、なにごとかと思ったよ」

 堤さんと聞いて、あすかがすこし反応したような気がした。しかし、表情はあまりかわっていない。

「ここで、ついに第三の噂が登場した。なんと、僕がだれか女の子を妊娠させて、退学になったという話が広まっていたみたいなんだ」

 あすかが、目をまるくした。そりゃ、おどろくよな。

「委員長が情報収集してくれていたらしいんだけど、もともとの噂は幸がしてた内容で、土日のあいだに、伝言ゲームのように、だんだんとおおげさになっていったみたいなんだ。僕はもう、びっくりしたね。このままだったら、そのうち結婚したとか離婚したとか言われるんじゃないかと思って」

「なにそれぇ。でも、公平が、もっとしゃきっとしてくれれば、噂もほんとうになるのになぁ」

 なかば呆れたように、笑いながらあすかがいった。いや、恋人ができるのはともかく、退学なんて噂がほんとうになったら困る。それでなくても、朝のうちに委員長が火消しをしてくれていなかったら、どうなっていたことか。

 あとで、担任の嵐山に呼び出され、くわしい説明を求められるとか、そういう面倒な展開になっていた可能性もゼロではないのだ。

「……で、どこからそんな話がと疑問に思っていたら、いきなり堤さんが謝ってきたわけさ。聞けば、どうやら彼女が噂の発信源だったみたいで」

 僕は、あすかの表情の変化を注視していた。

 説明を聞いた瞬間から、あすかは、あからさまに顔の筋肉をこわばらせていた。はっきりとした嫌悪の表情――酔っ払いが路上にのこした汚物を見てしまったときにするような――を、顔面に貼りつかせている。

「はあ? なんなの、その転校生。アタマがオカシイんじゃない?」

 思わず、息をのんでしまうような強い語調だった。正直なところ、かなり不快に感じたが、僕はあえてなにも言わなかった。

 言葉のひどさはともかく、反応の方向性そのものは、予想通りだったからだ。

 この子は、堤さんの話題がでたときは、いつも『その転校生』という言いかたをする。役職がニックネームになっている委員長とちがい、僕が相手をそんなふうに呼んだことは、最初のころにいちどあったかどうかというぐらいであるにもかかわらずだ。

 ほかにも、堤さんについて話すときだけは、わざとらしいほどに無関心なふうだったり、逆に、自分を名前で呼ぶ癖をブリッコだと決めつけたときのような、ほとんど粗探しレベルの批判をすることもある。

 はっきりいって、単純に相手に悪印象をもっただけにしては、不可解に思える態度である。そのことについて、このところ、僕はいぶかしく感じていたのだ。

「たぶん、なにかの見間違いだろうね。人間、疲れていると、変なものが見えるときがあるみたいだし。ほら、幻覚っていうか」

 さしあたり、フォローを入れておくことにした。もっと反論したいという気持ちはあったが、そこは我慢して、かわりに状況の分析につとめた。

 まず、堤さんが『寄り添って歩く少年と少女』の姿を見かけたのは、先週の月曜日である。場所はこの公園の近くだそうだ。

 彼女は、少年の横顔を見ただけで、すぐに僕だと判断したという。少女のほうは、中学生ぐらいの体格で、三ノ杜学園とはちがうデザインの制服を着ており、頭の左右で髪を止めるような髪型をしていたらしい。

 当時の堤さんが、疲れていたかどうかは、僕にはわからない。しかし、彼女はやはり幻覚を見たのではないかと思える。

 ただし、幻覚なのはあくまでも少女のほうだけである。なぜなら、少年のほうは、僕でまずまちがいないからだ。

 そして、少女の幻覚とは、あすかである。堤さんには、この子の姿が見えたのではないか。

 そもそも、あすかは僕だけが見て、感じることのできる幻覚だったはずだ。げんに、これまでにもなんどか、いっしょ商店街を散策しているが、他人がこの子に反応したことはない。

 いちどなど、ふたりでいるときに、幸と徹子ちゃんに遭遇したこともある。

 その際、あすかは幸に抱きついて泣き叫び、さらにカフェ『ジョルノ』では、パフェを食べたいといって大騒ぎをした。ところが、それほどのことがあってもなお、僕以外のだれひとりとして、この子の存在に気づくことはなかった。

 もしも、堤さんがあすかの姿を見ることができるのなら、その推測が正しいのだとするなら、それはいったいなにを意味するのだろうか。

 昨日、堤さんをあやまって抱きしめてしまったとき、僕は一瞬、相手をあすかだと勘違いしそうになった。なぜか、彼女と、いま目のまえにいる幽霊の姿が重なって見えたのだ。

 体格がちがう。髪型もちがうし、眉毛の整えかたなどもちがう。だが、それでも、僕は、堤さんとあすかの顔が似ていると思った。

 もちろん、瓜二つというような似かたではない。もしそうだったら、もっと早くに気づいていただろう。実際、堤さんの中学時代の写真を見たこともあるが、とくにあすかを連想したりはしなかった。

 例えるなら、まったくべつべつの環境でそだった姉妹という感じかもしれない。しらずに出会っていたとしたら、両者は赤の他人であるように見える。だが、いちどそれと認識したら、もう血縁者同士だとしか思えない。

 そう、僕には堤さんとあすか、ふたりのあいだに血のつながりがあるように感じられたのだ。

「ま、なんだか知らないけど、そんなわけのわかんないことを言いだす相手とは、関わらないほうがいいよ。頭のおかしいひととつきあっても、ろくなことがないんだから」

 吐き捨てるように、あすかがいった。嫌な物言いだと思った。この子は、ふだんはとても感じがいいのに、堤さんの話題のときだけは、こういう態度をとることがあるのだ。

 この点からしても、やはり、あすかと堤さんのあいだには、なにかあるように思える。それも、いい意味でといういよりは、悪い因縁のようなものである気がする。

 いっそ、顔が似ている点を指摘して、問い詰めてみるか? 

 だが、僕はその考えに、内心でかぶりをふった。あすかは、死後の世界の規則だとかで、自分の命日すら明かすことができないのだ。真っ向から聞いたとして、答えが得られるものだろうか。そんなことをするぐらいなら、なにげない会話などから情報を引き出すほうが、まだしも効果がありそうだ。

 ――ふむ、まてよ? せっかくいっしょに買い物をする約束をしているのだし、堤さんのほうに事情を聞くという手もあるか。彼女はひとりっ子だそうだから、姉妹という線はむずかしそうだが、年のちかい従姉妹という可能性はある。

 よし、まずはあすの買い物だ。あすかに気取られないよう、僕はひそかに、自分に気合をいれた。

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