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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第四章 噂話と誤解と疑惑
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第七十四話 七月九日(月)黄昏 1

 とりあえず、今週は日曜の話からはじめることにした。ゴーと徹子ちゃん、それに蛍子さんたちと遊んだときのことについてである。

 徹子ちゃんが、蛍子さんとすぐに意気投合したことや、相手と別れたあと、涙ながらに、ふたりを応援したいという気持ちを吐露したことなどについて、僕はくわしく説明した。こちらの話がおわるまで、あすかは黙って聞いていてくれた。

「へえ……。そっか、徹子ちゃんもつらいんだね」

 しんみりとした口調で、あすかがいった。

「人間同士の結びつきは、縁だからね。どんなに好きな相手であっても、それとは関係なしに、あきらめなければならないことがあるんだと思う」

 なんとなく、僕は幸の顔を思いうかべていた。

 僕も、幸への気持ちをあきらめなければならないのだろうか。そして、もしあきらめることができたら、だれかほかの女を好きになることもできるのだろうか。

 なぜか、どきりとした。

 いきなり、脳裏に堤さんを抱きしめたときの、やわらかな感触がよみがえってきたのである。同時に、あの包みこまれるような甘い匂いも。思わず、おかしな気分におちいりかけ、僕はあわててそのイメージを頭から追い払った。

 やれやれ。僕はアホか。なに変なことを考えているのだ。

「で、そのあと公平はどうしたの?」

「えっ」

 一瞬、なにを聞かれたのかわからなかった。だが、どうやらあすかは、徹子ちゃんを送った際の詳細をしりたいようだった。

「とくにかわったことは……。ふつうに家まで送って、そのまま戻ったけど」

 こちらの答えに、あすかは呆れたというように顔をしかめた。

「なぁにやってんのよぉ。傷心の女の子がよこにいるのに、慰めてあげないでどうすんの」

 あすかによると、そういうことをきっかけに、恋愛がはじまることも多いらしい。それはわかるのだが、徹子ちゃんの話をしているときにという部分に違和感があり、僕は首をかしげてしまった。

「慰めるのはいいけど……。でも、徹子ちゃん相手に恋愛ってのは」

「だ・か・らぁ。いつもいってるでしょ、だれにたいしても、つねに可能性を考えておいたほうがいいって。ことは、徹子ちゃんだけの話じゃないんだよ? 委員長さんや、もちろん幸さん相手でもそう。こういうのは、チャンスが来たときにきちんと活かせるかどうかなんだし」

 チャンスか、ふむ……。まあ、恋愛どうこうはさておくとしても、なにかしてあげればよかったとは思うかな。たとえば、甘い食べ物でもおごってあげるとか。商店街には、鯛焼きやクレープの簡易店舗などもあったのだ。

 たしかに、いわれてみれば気が利かなかったかもしれない。このへんは、反省しないと。

「ゴーくんと、蛍子さんだっけ? そのひととの出会いだってそうでしょ。……そうだ、質問。もし公平がおなじ立場だったとしたらどうする?」

「えっと、それは」

 しらず、返答につまってしまっていた。

 あのふたりが出会ったきっかけは、道で蛍子さんが男に絡まれていたのを、ゴーが助けたというものである。

 男は酔っていたようで、言葉がつうじなかった。話しあいができなければ、あとは喧嘩である。ただし、問題をおこして部活にひびくようなことになっても困るので、ゴーのほうからはいっさい手を出さなかったらしい。しばらく相手をひとりで踊らせおき、隙をみて蛍子さんの手をとると、いっしょに走って逃げたのだという。

「……正直、僕にはそういうのはむりだと思う。なんとかして助けるにしても、こっちが殴られているあいだに女のひとをひとりで逃がすとか、そんな感じになるんじゃないかな」

「うへえ、なに情けないこといってんのよぉ」

 渋い顔をされてしまった。もっとも、それについては、僕も同感である。はっきりいって、自分が情けない。

「しかたないよ。僕は喧嘩がからっきしダメなんだし。ゴーはすごいんだぜ? 何年もまえに、上級生と殴りあいになったことがあるんだけど、こっちが一発でのされたのに、あいつは数人を相手に一歩もひかなかったんだから」

 いってから、あっ、しまったと思った。

「へ? 上級生と喧嘩……なんで、ねえ、なんでそんなことになったの?」

 ええい、僕はアホか。なぜにわざわざ自分から恥ずかしいことをばらしちゃうかな。

 興味津々を体現したかのごとき様子で、あすかが僕を見つめている。わかったわかった。ちゃんと話すってば。

「たいして、おもしろい話じゃないよ。僕が初等部の六年生だったときのことなんだけど」

 それは、その年の秋、文化祭の日のことだった。僕は幸とならんで学校の校庭を歩いていた。

 秋晴れという言葉がしめすとおり、天気のすこぶるいい日だった。ひとが多いと、幸が日傘をさしにくいので、なるべく邪魔にならない場所を選んで移動していたと思う。

 その声に気づいたのは、幸がきゅうに無口になったあとだった。

 声のしたほうを見ると、制服――当時はまだ基本的に私服は認められていなかった――を着くずした中等部の生徒たちがたむろっている姿が目にはいった。そいつらは、幸のほうを指さすと、笑いながらなにかいっていた。

 白い髪や肌色。日傘、サングラス、着ている長袖の服。そのほか、幸の見た目について。気持ちの悪い音のかたまりが、僕を打った。それがどんな言葉だったか、おぼえていないし、思い出したくもない。

 彼女のように、特殊な外見の人間であれば、よくあることとして、あきらめるしかない部分もある。それまでにも、似たようなことはなんどもあったのだ。当然、幸はだまって立ち去る気だったろうし、そうするのが、波風が立たないという意味で、いちばん賢い選択だったのだろうと思う。

 ただ、そのときは、すこし相手がしつこく、そしてあからさまにやりすぎた。

 我慢の限界だと思ったときには、もう僕の体はうごいていた。

 距離は、五メートルと離れていなかった気がする。そいつらのところまで、僕はひと息で飛びかかった。力強く地面を蹴り、勢いをつけて相手のひとりに拳を叩きつけた。そのつもりだった。

 だが、自分で考えていたよりも、僕の脚は強くなかった。地面をうまく蹴ることができておらず、勢いはどこか上滑りだった。拳に力はなく、相手になんのダメージもあたえられないまま、腕をつかまれてしまった。

 罵声。そして、悲鳴。幸の声がした。公平。そう叫んでいた。僕は引き倒され、踏みにじられた。痛みは、よくわからなかった。体より、心が痛かったのだ。

 雰囲気がかわったのは、どのぐらい蹴られつづけたあとだったろうか。いつのまにか、僕は幸に抱きかかえられていた。ゴーが中等部のやつらと殴りあっていて、相手のひとりが倒れているのが見えた。

 なんでこんなことを。そういって、幸が涙をながしていた。

 泣かないでくれと思った。幸を守りたかったのに。僕はなぜ、こんなにも弱いのだろう。情けない。なさけなさすぎる。

 幸が、僕を抱きしめてくれた。彼女の服に、こちらの鼻血がついた。

 やめてくれ、幸の服が血でよごれてしまう。いおうとしたが、言葉にはならなかった。僕はただ、彼女の腕のなかで嗚咽をもらしていた。

「あとで聞いたら、そのとき、ゴーはたまたま近くを通りすがっただけだったみたいなんだ。はじめ、僕がいきなり中等部の生徒に飛びかかったもんだから、おどろいて止めようと思ったらしい。ところが、割ってはいるまえに、あっさりこっちがやられてしまったんで、しかたなく代わりに殴りあったんだってさ」

 武勇伝にすらならないまぬけな話を、あすかは真剣に聞いてくれているようだった。

「そいつらは、結局どうなったの?」

「べつに、どうも。たんに、子供同士が喧嘩しただけの話だもの。僕とゴーは当時の担任からこってりしぼられたし、相手も似たような感じだったはずだよ。いわゆる両成敗ってやつ」

 以来、僕は筋トレやランニングが趣味になった。強い男になりたいと願った。といっても、いくらか体力はついたが、それだけだった。鍛えても、運動神経のなさ自体はかわらないし、まして格闘技などは根本からむいていない。

「公平が、体を鍛えるようになったのって、そういうことがあったからなんだ……」

 すこし切なそうに、あすかが眉根をよせた。

「まあね。……でも、ゴーはほんと、すごいよ。筋肉はムキムキだし、運動神経だって抜群なんだ。長年、友だちをやってるけど、いろんな意味で、あいつには勝てないって思う」

 現在、ゴーはラグビー部二年の筆頭である。また、学業の成績も、トップクラスではないにせよ、中の上ていどをキープしている。それでいて、暇があれば街に繰り出してナンパをし、蛍子さんのような女性の心を射止めたりもするのだ。

 仮に、人生が小説とかドラマだったとしたら、あいつは絶対、主人公だよなあ。さしずめ、僕はいじられ役の友人Aってところかな。

 ――と、ふいに、あすかが僕の胸に顔を押しつけてきた。

「どうしたの?」

「アタシ、公平は男らしいと思うよ。胸にも厚みがあって、すごくたくましい体をしてる」

 うん、そうかな? だけど、腕はそんなに太くない。見た感じガリガリだから、もっと食事をしたほうがいいと言われたことさえある。

「筋肉だって、引き締まってるよ。しなやかで、張りがある。それに、背中も広いし、哀愁がただよってるし、筋金入りだし、えっと、えっと」

 そういって、あすかが強くしがみついてきた。一生懸命な物言いに、僕はつい噴きだしてしまった。

 もちろん、悪い意味でではない。この子は、僕を元気づけようとしてくれているのである。その気持ちは、うれしいと思った。

「ありがとう、あすか」

 笑いながら、僕はゆっくりと相手の頭をなでてやった。

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