第七十二話 七月九日(月)昼
午前中は、これというようなこともなく過ぎ去り、やがて昼休みになった。
さて、それでは弁当でも食べるとするか。そう思い、鞄から荷物を取りだしていると、よこから声をかけられた。
「ねえ、廣井くん、ココちゃんが、いっしょにごはんを食べたいっていってるんだけど」
委員長だった。そのうしろ、背中に隠れるようにして、堤さんもいる。さらに、彼女たちの席のほうをうかがうと、頬杖をつきつつこちらを見ている幸の姿もあった。
「ああ、いいよ。ちょっと待っててね」
せっかくの女子からのお誘いである。僕はさっそく、ゴーをはじめとするふだんいっしょに昼を食べているメンバーたちに、事情を説明することにした。
「ちくしょう、なんでおまえばっかり」
黒田がやっかみの声をあげた。正直なところ、僕自身も、うぬぼれたことを考えてしまいそうになったが、つとめて気にしないことにした。女子から昼食にさそわれたからといって、かならずしもモテているとはかぎらないのである。
とくに、今日は、堤さんの発案だそうだから、たぶん例の噂のフォローのつもりなのだろう。そういうものなのだ。
ともあれ、女子ととる食事の味は格別である。とりたてて深刻な話題になることもなく、僕は三人娘たちと雑談をかわしながら、のんびりと弁当箱を空にする作業にいそしんだ。
楽しい時間はあっというまにおわるもので、すでに昼休みも残り半分である。弁当はとっくに食べてしまい、あと片付けもすませている。
そんななか、僕はさきほどから、ある話題を切り出したいと思いながらも果たせず、手をこまねいていた。
ひとつ、気になることがあったのである。いい機会だし、いまのうちに堤さんに聞いておきたいのだが、いったいなんといって尋ねたものか。
迷いながら、堤さんの顔を見つめると、彼女はにこりとほほえみを返してくれた。
「なんですか?」
しかたない、いってしまうか。僕は意をけっして、その質問を口にした。
「あの、さ。堤さん、僕に似たひとを見かけたっていったよね。それ、どんな感じだったの?」
すると、堤さんは、一瞬、きょとんとしたような顔をしたあと、すぐに決まり悪そうな表情をうかべた。
「公平、もうその話は」
幸が、とがめるような声を出した。もとより、僕も堤さんを責めたいわけではない。なにごともなければ、さっさと水に流して忘れるべきことだとも思っている。ただ、今回にかぎっては、どうしても確認しておかなければならないことがあるのだ。
「だって、世の中には自分に似ている人間が三人はいるっていうしさ。それに、女の子といちゃいちゃしてたんでしょ? ちょっと気になるよ」
われながら、苦しい言い訳だと思った。だが、堤さんはとくに疑ったふうでもなく、記憶をたどりながらといった様子で語ってくれた。
「えっと……。その男の子がいたのは、三ノ杜商店街の裏手にある公園のすぐ近くでした。横顔だけ見て、こころ、すぐに廣井さんだと思ったんだけど」
はじめ、堤さんは相手に挨拶しようとしたのだという。ところが、いざ声をかけようとしたところで、少年のかたわらに、ひとりの少女がいることに気づいた。
その少女――小柄で、中学生ぐらいにも見えたそうだ――は、ほとんど抱きついているといっていいような感じで少年と腕を組んでおり、いかにも親密な様子だったらしい。
「こころ、てっきりその女の子が、廣井さんの彼女さんだと勘違いしちゃったんです。それで、お邪魔になってもいけないから、すぐに来た道を引き返しました。ちゃんと、確認しておけばよかったな……」
申しわけなさそうに、堤さんがいった。
「なあに、気にしなくてもいいよ。それにしても、そいつ、うらやましいな。女の子のほうは、かわいかった? どんな感じ?」
平静をよそおいつつ、僕は質問をかさねた。
「女の子は、三ノ杜学園の生徒じゃなかったみたい。着ているのは制服っぽかったけど、見たことのないデザインでした。髪型はツインテール。うしろ姿だったから、顔は見えなかったです……」
「ツインテール? よくわからないんだけど、それって、どんな髪型なの?」
僕がたずねると、堤さんはすぐにその場で立ちあがった。そうして、自身の長い髪をふたつにまとめたあと、それぞれを輪ゴムでくくってみせてくれた。
頭の左右で髪をとめ、おさげを肩に垂らす髪型。その姿に、僕はしらず、言葉をうしなっていた。
「……耀子ちゃん?」
「うーん、なんだか……」
気がつくと、幸と委員長がふたりして顔を見あわせていた。いけない、さすがにいまの会話は不自然だったか。
「なあ、公平? もしかして、ほんとうは心当たりがあるんじゃ」
「えっ、い、いや、そんなことは」
あわてて、ごまかした。幸は、まだ不審そうな顔をしていたが、ちょうどそこで予鈴が鳴ったこともあり、それ以上の追及はされなかった。