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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第四章 噂話と誤解と疑惑
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第七十一話 七月九日(月)朝

 あけて月曜の朝、通学の時間である。いつもの待ちあわせ場所におもむくと、すでに、幸とゴーが来ていた。徹子ちゃんもいっしょだった。

「公平、おはよ」

 幸が挨拶してきた。

 おとといの電話について、思うところがまったくなくなったわけではない。だが、そのことで、こちらから幸になにか言うつもりはなかった。

 彼女は僕を心配して、ああいうことをいったのだ。感情面では、いくばくかのしこりが残っているが、頭ではきちんとそのことが理解できている。

 いまは、蛍子さんに言われたように、ふだんどおりのやり方で接すればそれでいい。屈託は、時間がたてばやがて消える。

「いやぁー、タケちゃんから聞いたんだけどさ、あの噂のこと」

 すまなそうに、幸がいった。

「ほんと、ごめんな、公平。アタシ、信用できるひとにその話を聞いたもんだから、てっきり事実だって思いこんじゃったんだ」

 両手をあわせ、拝むようにあやまられた。ごめん、ごめんと、なんども繰り返された。

 ふうん、信用できるひとねえ。こちらのいうことは、まるで信じなかったくせに。

 つい、そんなふうに思いかけてしまい、僕はあわてて自分を戒めた。

 まったく、僕はアホか。なにを拗ねたようなことを考えているのだ。幸は、こちらを心配してくれていたんだぞ。

「なんか、疑ったみたいになって、悪かったよ。ほんとに、ごめん」

「気にしなくていいよ。それより、はやく学校にいこう」

 全員で歩きはじめると、幸が、あたりまえのような顔で、こちらの手をにぎってきた。

 人通りが多い場所で、はぐれないようにということならともかく、通学時にそんなことをするのはめずらしい。だが、僕は彼女の行動について、とくに不審には感じなかった。いつもの気まぐれではないと思えたからだ。

 おそらく、幸なりの仲直りのしるしというか、謝罪の気持ちをこめての行為なのだろう。こうすればこちらが喜ぶと、彼女はわかっているのである。

 そもそも、通学路でということがめずらしいだけで、むこうから手をつないでくるということ自体は、そこまで例のないことではなかった。抱きついたり、キスをしたりというのも同様である。たいていは、幸のほうからしてくるのだ。

 むしろ、僕からというのは、ほとんどなかったと言ってもいいぐらいかもしれない。

 ちいさなころは、それほどでもなかったのだが、ある時期――ありていにいえば、性に目覚めたあたり――から、僕は自然に幸にふれることができなくなった。どうしても緊張してしまい、体が固まってしまうのである。逆に、むこうから触られるのは平気だった。心が落ちつくのである。

 ほかの女子にたいしては、程度の差こそあれ、そこまで意識することはない。その気になれば、堤さん相手にそうしたように、自分から抱きしめることだってできる。

 きっと、幸だから特別なのだ。なんとなく僕はそう思った。

 校門のちかくまで手をつないで歩き、なにげなく離れたあとは、もうふだんとかわらなくなっていた。徹子ちゃんとわかれ、下駄箱で靴を履き替えると、僕たちは自分の教室へとむかった。

 二年二組である。談笑しつつ、僕が教室の引き戸をあけた瞬間だった。

 いきなり、クラス中の視線がこちらに集中してきた。

 おお? いったい、なにごとだ? 僕は思わずまごついてしまった。

「来たきた。それじゃ、わたしたちが代表して謝っておくから」

 視線の中心で、委員長がみんなになにか言っている。異様な雰囲気だった。とくに、様子がおかしいのが、女子たちである。顔をふせ、ちらちらとこちらをうかがっている子がいる。そうかと思えば、あからさまな好奇の目をむけてくる子もいる。

 委員長が、堤さんとならんでこちらに寄ってきた。教室の入り口に突っ立っていても邪魔なので、とりあえず、僕たちもなかにはいることにした。

「耀子ちゃん、ココも、どうしたん?」

 挨拶もそこそこに、幸がたずねた。委員長が、ふうとため息をついた。堤さんは、もじもじとしていて、所在なさげな様子である。

「うさっちや錦織くんもしってると思うけど、廣井くんの噂のこと。大事になりかけてたの」

「おおごと?」

 よこで、ゴーがふしぎそうな声をあげた。委員長は、いつもおだやかな彼女にしてはめずらしく、厳しい表情をうかべている。

「じつは、けさのことなんだけど……。わたしが学校にきたら、いきなりみんなから『廣井くんが退学になった』と聞かされて」

 ……は? 退学? 

 なぜ、僕が退学にならなきゃいけないんだ? 

「いったいどういうこと? 意味がわからないんだけど」

「うーん、なんていうか……。この週末のあいだに、廣井くんが、他校の女子を孕ませたという内容の噂が広まってたみたいなのよ。で、それが発覚して退学になったという流れに」

 ハラマセタ? 聞きなれない響きの言葉に、僕はきょとんとした。

 ええと、はらませたとは、女性が胎内に子を宿すという意味の言葉『はらむ』の使役態『はらませる』を 過去形にしたもの。活用は、はらまず、はらみし、はらむ、はらむとき、はらめば、はらめ、かな。

 ということは、この場合、僕が他校の女子の胎内に子を宿らせ……。

 待て。まてぇい。なんじゃあそりゃあ。

 となりで、幸がぽかんと口をあけていた。ゴーが、僕の肩をぽんとたたいた。そちらを見ると、相手は半笑いのような、なんとも微妙な表情をうかべていた。

「わたしもびっくりしちゃったから、みんなにくわしい話を聞いてみたんだけど……。どうも、土曜の放課後から噂が広がりはじめてたみたいなの。ほら、ふたりで、委員の仕事をしてた時間帯」

「おれも、そのあたりの時間に聞いたぞ、噂。内容は、ずいぶんと変化してるようだが」

 ゴーがまえに出てきて、委員長と状況の整理をしはじめた。ふたりの会話を聞きながら、僕は呆れてしまっていた。

 土曜日に、幸に聞いたのは『街中でいちゃついていた』だけだったはずだ。それが、日曜日には『熱烈なキスをかわしていた』になり、さらに月曜日に学校にきてみれば『相手の女が妊娠して退学』か。だんだんとエスカレートしていくな。そのうち、結婚したとか離婚したとかいわれるんじゃないか。

「噂が広まっていたのはわかったけど、結局、なんでそんなことになったのさ?」

 僕がそういうと、こんどは堤さんがまえに出てきた。

「あの、あの、ご、ご、ごめんなしゃい。こころが、その噂の最初なんです」

「えっ、堤さんが?」

 堤さんは、泣きそうな顔をしていた。声もおどおどとしていて、消え入りそうにちいさなものだった。

「こころ、先週の月曜日に、街で廣井さんを見かけたんです。いえ、そのときはそう思ったけど、勘違いでした。その男の子は、彼女さんみたいな女の子といっしょでした。ふたり、寄りそうようにして、仲よく歩いていました」

 先週の月曜日……。

「アタシはそれ、土曜にココから話してもらったんだ。けど、聞いたのは放課後じゃないよ? 二時間めの休み時間だったかな」

 ありゃ、なんだ。幸のいっていた『信用できるひと』って、堤さんのことだったのか。

「で、でも、こころ、宇佐美さんのほかに、このこと言ってないよ」

「あ、うさっちとココちゃんがしゃべってるのを、よこで聞いていた子が何人かいますね」

 しどろもどろな様子の堤さんを見かねたのか、委員長がフォローをいれてくれた。ふうむと、僕は思った。これで、ようやく話の全体像が見えてきたぞ。

 つまり、土曜の休み時間に、堤さんが幸にした話を、よこで聞いていた何人かが、めいめいほかのだれかに伝えたというわけか。そしてそれが、あたかも伝言ゲームのようになってクラス中に広まっていったと。

 ちょうど、僕と委員長が、放課後に、学級委員の仕事で教室を空けていたことや、あいだに日曜をはさんだこともあり、噂に歯止めが効かなくなったのだろう。話の内容がエスカレートしていったのも、それが原因というわけか。

「そっか、堤さんが最初だったんだ」

 いわれてみれば、昨日、この噂について話したとき、堤さんの様子がすこしおかしかったような気もする。やれやれ、そういうことだったのか。

「ごめんね、廣井くん。ココちゃんを責めないであげて。見間違えなんて、だれにでもあるんだから。あと、ほかの子たちも、許してあげてね」

「ああ、ぜんぜんかまわないよ。ちゃんと、正直にあやまってもらったんだし」

 すると、怯えたようにひきつっていた堤さんの表情が、ぱっと明るいものになった。このひとは、感情がほんとうにすなおに顔にでる。嘘がつけないタイプなのだ。彼女がいったことなら、幸があっさり信じてしまったのも、しかたないのかもしれない。

 そのご、ようやく席についた僕のところに、あらためて数人の女子が謝りにやって来た。それで、この話は、ひとまずお終いということになった。

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