第七十話 七月八日(日)夜
ごろりと、ベッドに横たわった。
自室である。ぼんやりと天井をながめながら、僕はなんとなく堤さんのことを考えていた。
やわらかかった。そして、いい匂いがした。
ちがう。僕はアホか。そうじゃない。
ええと、堤さんと、連絡先を交換した。そして、あす以降の食料品の買出しにつきあうことになった。そこまで本気というわけでもなかったのに、こちらの申し出を、彼女があっさり受けてしまったのである。
いや、しまったなどというのは失礼か。受けてくれたのである。
とにかくだ。今日いっしょに買い物をしたのは、いわば緊急避難措置である。おかげで、堤さんとはかなり打ち解けられた気もするし、つぎもとなると、まるでデートの約束みたいな……じゃない。だから、違うというのに。なにを舞いあがっているのだ。落ちつけ。冷静になれ。
だいたい、僕と堤さんは、恋人同士でもなんでもない。ただのクラスメイトなのだ。したがって、ふたりで買い物をするようになったとしても、そんなのはデートとはいわないのである。
うーん、だけど、個人的に連絡先を交換しあったのだし、ただのクラスメイトといってしまうのもどうなのかな。友だちぐらいはいってもいいのではあるまいか。
そういえば、委員長をはっきりと友だちとして認識するようになったのは、いつのころだったろう。やはり、連絡先を交換しあったあたりからだった気がする。
――などと、とりとめのない思考がうかんでは消えてくような状態だった。といっても、じつは物思いだけに集中しているわけでもなかった。むしろ、寝返りをうったり、頭を掻きむしったり、慌しいことこのうえなかった。
さきほどから、心臓の鼓動が、みょうにやかましいのである。ほんとうに、なんなのだろう、このおかしな気分は。
どうにも、じっとしていられないので、僕はベッドから起きあがると、床におりて腕立て伏せ、腹筋運動をした。それでも、おかしな気分は消えなかった。
ふいに、机のうえの携帯がなった。メールの着信である。おや、いったいだれだろう。ゴーか、それとも幸かな。ディスプレイを確認して、僕は声をあげそうになった。
文面は『これから電話してもいいですか』というものだった。数回の深呼吸ののち、息が整ってから、僕は承諾の旨を返信した。
ほとんど折り返しという感じで、堤さんから電話がかかってきた。
「あ、あの……。こころです」
「やあ、どうしたの? なにかあったの?」
堤さんの口調は、どこかおどおどしたような感じだった。なにか、問題でも起こったのだろうか。僕は心配になってしまった。
「なにというほどのことは……。ば、番号がまちがってないかと思って、確認しようかなと」
番号の確認? 僕はきょとんとした。
はて? 確認なら交換したときにすでにしているというか、そもそも赤外線で登録したのに、番号をまちがうなんてことがあるのか?
相手の発言の意図がつかめず、どう返事をすればいいのかわからなかった。僕がひとり首をかしげていると、受話器から、堤さんのあわてたような声がひびいてきた。
「そ、それから、あの、あの……。お買い物なんですけど、あしたはとりあえずいいです。よ、よかったら、火曜日にでも」
ああ、なるほどと思った。すぐに流したところを見ると、たぶん、こちらが本題なのだろう。堤さんは男と電話するのに慣れてなさそうだし、あるいは緊張して変なことを口走ってしまったとか、そんなところなのかもしれない。僕もよくやっちゃうからな、そういうの。
ふふっ、かわいいひとだなあ。
さて、考えてみれば、堤さんは食事も全部ひとりなわけか。なら、彼女の体型からして、そんなに量を食べるはずもないし、そこまで頻繁に買出しをしているのでもないのだろう。
「わかった、火曜日ね。いっしょに帰って、その途中で商店街に寄るみたいな感じでいい?」
「はい……」
ちいさく、堤さんが息を吐いた気配があった。それからは、いまなにをしていたかということにはじまり、軽い雑談がつづいた。
三十分ほど無駄話をして、挨拶のあと、電話を切った。
おかしな落ちつかなさは、綺麗に消えていた。