第七話 四月九日(月)早朝 3
予定のメンバー全員が、すでに待ちあわせ場所のコンビニまえにあつまっていた。時間にはまにあったものの、僕が最後になってしまったようだ。
男子が三人の女子が四人で、僕をいれると男女四名ずつ、すなわち、計八名になる。そのうちのひとりが幸で、場の学生たちと輪をつくり、なにか演説のようなことをしていた。どうやら、昨年までの体験談をからめつつ、これからの手順の説明をしているところらしい。
輪の中心ちかくの女子ふたりは、しきりとうなずいたり、相槌をうったりしていて、熱心に聞いているようだった。しかし、おなじく男子ふたりは、どちらかというと面倒そうな感じにも見えた。おそらく、女子にさそわれて、しぶしぶ参加してきたといったところなのだろう。
そして、かろうじておなじ輪と判断できるていどの位置に、男女一名ずつのふたり組の姿もあった。こちらは、僕のよくしっている顔である。ゴーとその妹、徹子ちゃんだった。
ふいに、ゴーと目があった。と思ったら、むこうからつかつかと近よってきた。
「おはよう、コウ。まあちょっと顔を貸してくれ」
いきなり、いきおいよく肩をたたかれ、そのまま腕ごと体を引っぱられた。徹子ちゃんはほったらかしである。
「なんだよ、いったい」
たたかれた肩が痛かった。
この浅黒く日焼けした筋肉質な男は、錦織剛。ほんとうはタケシという読みの名前なのだが、僕はゴーと呼んでいる。
子供のころから、むこうが僕の名前、公平をちぢめてコウと呼んでいたので、こちらがそれにあわせてゴーと返したのが、定着してしまったのである。
幸ほど古くはないが、ゴーや徹子ちゃんも、僕たちがいまの学園に編入する以前からの幼なじみだった。
ちなみに、当然のことではあるが、幸とも共通の友人同士である。彼女はこいつのことをタケちゃん、徹子ちゃんのことはてっちゃんと呼んでいた。
数メートルほど移動し、電信柱のよこまで来てから、ようやくゴーはふりかえった。僕も、さりげなく幸や徹子ちゃんの様子をうかがった。
見たところ、徹子ちゃんはこちらをとくに気にはしておらず、幸の話に耳をかたむけているようだった。
「でだ。どうだったんだ? コウ」
「どうとは?」
質問の意味はわかっていたが、なんとなくとぼけてみた。
「もったいぶるなって。幸ちゃんのことだよ。告白して、つきあうことになったんだろ?」
ニヤリと笑い、ゴーがたたみかけてきた。おい、親友。すこしはデリカシーをもってくれ。
「ふられたよ。もう、きっぱりとね」
肩をすくめ、そう答えた。その瞬間、ゴーはなにか信じられないものを目にしたというように、僕を凝視した。
「おい、マジかそれ。おまえ、なにやったんだ?」
「なんのことだ? ふつうに告白しただけだが」
それから、僕は昨日のできごとについて、ゴーにかいつまんで話してきかせた。ただし、幸に抱きしめられたことについては言わなかった。さすがに、あれは恥ずかしい。
というか、日本ひろしといえど、相手に抱きしめられ、やさしく勇気づけられながら愛の告白をして、しかしその場できっぱりふられたやつなんて、そういないぞ。
「んな馬鹿な。いままでつきあってないのさえおかしいってのに、ましてふられるなんざありえないって」
ゴーの言葉に、僕は思わず苦笑した。
じつは、幸に告白することを、ゴーには事前に相談していたのである。そのとき、こいつは、いまとまったくおなじセリフを口にし、コウならイケる、がんばれといって背中を押してくれたのだ。
結果は残念なことになってしまったが、決心する助けになってもらったのは感謝している。
「べつに嫌われてるわけじゃない。幸は僕のことを、弟だとしか思えないんだってさ」
そのあたりは正直につたえた。すると、ゴーは露骨に眉をひそめた。
「弟ねえ……。だっておまえら、むかしからのことであたりまえだとでも思ってるかしらんが、ふつうの幼なじみはキスとかしないんだぞ? そこらへんさあ」
いや、それを僕にいわれてもこまる。むこうがつきあえないというんだから、しかたないだろう。
「だからさ。幸にとっては、唇がふれるのまでは家族のキスって感覚なんだよ。親御さんとしてるのだって、見たことがあるし」
「おまえ、幸ちゃんの家族とちがうだろ、コウ」
なおもゴーが食いさがってきた。いいかげんしつこいので、反撃をくわえることにした。
「まえに、徹子ちゃんから、朝どうやっておまえを起こしているのか聞いたぜ、ゴー? それとおなじで、へんな意味が混じってないキスなんだよ」
ぐっと、ゴーがうめき声をもらした。じつは、ちょっとおどろくべきことだが、こいつは毎朝ひとつ年下の妹に起こされており、しかも寝ぼけているうちに、おはようのキスをされたりすることがあるらしいのである。
もっとも、これは、ゴーがどうとかいうより、徹子ちゃんが極度のブラコンだからという話になってしまうので、本来はあまりつっついていいネタではない。今回のは、あくまで軽い意趣返しだった。
「ち、ちがっ、それ、おまえらがしてるのを見て、まねしたんだぞ!」
「しっ! 声がおおきいって」
あわてて、幸たちのほうを確認した。とりあえず、こちらには注意をむけていないようだった。
「まあ、話をもどすけどさ。ほかに好きな女ができたら、応援するとまでいわれたんだよ。あきらめるしかないだろ?」
「……コウ。おまえ、ほんとうにそれでいいのか? 割りきれるのか?」
確認されるまでもなかった。いやに決まっている。それでも、幸とできるだけ長く良好な関係を維持するためには、我慢するしかないのだ。
しかし、どちらかというと、ゴーのほうが納得していないような気もする。僕と幸って、そこまで友人以上恋人寸前みたいに見えていたのだろうか?
「いい悪いじゃなくて、がんばって割りきるんだよ。……さあ、はやくあっちにいこうぜ、ゴー。そろそろ出発だ」
「あ? ああ……」
いかにも釈然としないというふうに、ゴーはしきりと首をひねっていた。