第六十四話 七月八日(日)親睦会 4
話題が一段落ついたこともあり、昼食ごは、みんなでカラオケにいくことになった。僕の発案である。蛍子さんがストリート・ミュージシャンをしていることもあり、きっと歌をうたうのが好きなのだろうと踏んだのだ。
ちなみに、彼女の本業は、美容師だそうである。聞けば、週休二日で基本的に月曜が定休、隔週で日曜にも休めるようにシフトが組まれているらしい。すなわち、月に二度の連休があり、そういう日に商店街近辺で演奏をしているのだという。
なお、ゴーと蛍子さんが知りあったきっかけは、彼女が道で歌っているときに、酔っぱらいにからまれてしまったのを、あいつが助けたというものである。にわかに信じがたいベタな出会いではあるが、ほんとうのことのようだった。
さて、いまは、ちょうどそのゴーが、気分よさそうに持ち歌を熱唱しているところである。蛍子さんはといえば、だまってそれを見守っているだけだった。ここまで、彼女はなぜか、マイクどころか歌本にすら手をだしていなかった。
はて? どうして蛍子さんはうたおうとしないのだろう。もしかして、こちらに遠慮しているのかな?
そう僕がいぶかしく思いはじめたときのことだった。
「よかったら、うたってみてください。わたし、蛍子さんの歌を聞いてみたいです」
いって、徹子ちゃんが蛍子さんに歌本を手渡した。
「わたし、最近の曲をぜんぜんしらないんだ。それでもいい?」
たいする蛍子さんの返事は、ひどく申しわけなさそうなものだった。この口ぶりだと、自分の選んだ曲で場がしらける可能性を懸念していたのかもしれない。マイナーな音楽が好きなのだろうか。
あまり、気にすることはないのにと思った。げんに、いまゴーがうたっているのは、大昔の演歌である。
「かまいませんよ、蛍子さん。カラオケは、自分の好きな歌をうたうのがいいのです」
「……わかった」
徹子ちゃんの言葉にうなずきを返し、蛍子さんが歌本をめくりはじめた。
ややあって、彼女が予約に入れたのは、英語タイトルの曲だった。
どうやら、洋楽らしい。あまりそちら方面にはくわしくないが、すくなくとも『全世界で何百万枚売れました』といったたぐいのものではなさそうである。
というより、ありていにいえばまったく聞いたことのないタイトルで、歌っているのも、ソロなのかグループなのか、判別がつかなかった。
「蛍子さん、デス・ウィズ・ディグニティが好きなんですかっ?」
いきなり、徹子ちゃんが目をかがやかせた。
「ああ。高校生のころは、コピーバンドを組んだりしていた。もしかして、徹子も好き?」
「は、はい! わたし、まえにラジオでDWDの曲を聴いて、すごく痺れました。でも、クラスにしってる子がひとりもいなくて」
ほう、徹子ちゃんの好きなバンドだったのか。そして、やはり有名な曲ではないようだな。
それにしても、と僕は思った。徹子ちゃんが洋楽好きだったとはね。着物姿で、座敷童子のような風貌の彼女にしては、あまり似つかわしくない趣味である。
そのご、しばらくのあいだ、徹子ちゃんと蛍子さんはバンド談義に花を咲かせているようだった。
「こんど、CDを貸そうか?」
「お願いします、ぜひ!」
楽しそうに蛍子さんと話をする徹子ちゃんを見て、僕はひそかに安堵の息をもらしていた。
とりあえず、彼女たちは意気投合してくれたようである。どうなることかと思ったが、案ずるより産むがやすしという言葉どおりの結果になりそうだ。少々拍子抜けな感じもするが、ふたりが仲よくやっていけるなら、それが一番である。
「ほら、コウ。いっしょにうたうぞ」
ゴーが、マイクを差しだしてきた。ディスプレイを見なくても、それだけでつぎの曲がなんなのかわかった。僕たちの十八番である。
仲間うちでカラオケにいくときには、毎回かならずうたう曲だった。男性デュエット用のもので、僕やゴーが生まれるずっとまえに流行ったという懐かしのメロディだった。
「よし、まかせろ」
すぐさま、僕はゴーのとなりに立ち、全身に気合をみなぎらせた。イントロがはじまった。
一番の歌いだしは、ゴーである。かわりばんこという感じでうたい、サビでハモる構成の曲なのだ。
ふと、気がつくと、徹子ちゃんと蛍子さんが手拍子をしてくれていた。ゴーがやけにセクシーな表情でうたっていて、僕は思わず噴きだしそうになった。