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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第四章 噂話と誤解と疑惑
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第六十一話 七月八日(日)親睦会 1

 翌日、目がさめたのは、いつもよりかなりおそい時間帯だった。

 ようやく、すこし頭を冷やせたと思った。

 そもそも、幸ははじめから、僕とはつきあえないといっていたではないか。悲しいが、こちらがどれだけ彼女のことを思っていようと、そんなことはむこうにはどうでもいいことだったのだろう。

 あるいは、幸にとっては、こちらに好かれているということ自体が、じつは負担だったのかもしれない。それで、僕がだれかとつきあっていると聞いて、ほんとうにそのとおりだったらいいと、すぐに思ってしまった可能性もある。

 いずれにせよ、このままでいたら、せっかくの日曜の朝がおわってしまう。僕はベッドから起きると、身支度をはじめた。

 今日は、ゴーや徹子ちゃんたちと会う約束の日である。待ちあわせは昼の十二時なので、まだ余裕があった。いまのうちにと、僕は朝食をとることにした。

「こーちゃん? 顔色が悪いけど、だいじょうぶ?」

「べつに、平気だよ」

 母さんに、心配そうな顔をされた。昨日の夕食を抜いたこともあり、病気かと思われたようだ。いちおう、体は問題ない。

 あいた時間は、読書や勉強、あいまに筋トレなどをしてつぶし、頃合を見計らって家を出た。

 待ちあわせ場所は、三ノ杜商店街の入り口である。約束の十分まえに到着すると、そこには、すでに徹子ちゃんの姿があった。ひとりで、その場にぽつんとたたずんでいた。

 徹子ちゃんは、休日にいつもそうしているように、着物姿だった。柄は、薄い水色の布地に、紺色の花――デザインを見ると、おそらくは朝顔――があしらわれているといった感じのもので、帯は白に近いピンクだった。

「こんにちは、公平さん。タケくんは、いまちょっと、蛍子さんを迎えにいっているところです」

 蛍子さんというのは、ゴーの恋人の名前である。珍しいことに『けいこ』ではなく『ほたるこ』と読むらしい。苗字は望月だそうで、ゴーは名前をちぢめて『ホタル』と呼んでいるようだった。

「いよいよだけど、緊張してる? 徹子ちゃん」

「すこし……。でも、わたし、もう迷いませんから」

 きっぱりと、徹子ちゃんが言い切った。

 ゴーが現れたのは、それから約十分ご、ちょうど正午の時報がなったときだった。となりにひとり、ひょろりと背の高い女性をともなっていた。

 相手の第一印象は、ずいぶんとラフな格好だなというものだった。白いTシャツに、濃い色のジーンズ姿なのである。

 シャツは、猫のうしろ姿をデフォルメしたイラストがプリントされていて、なかなかかわいらしいデザインのものである。とはいえ、男と会うのにしてはあまりおシャレな感じはせず、女らしくない格好なのではという気がした。

 頭は、肩までの茶髪で、化粧っけは薄かった。社会人という話だが、どちらかというと休日の女子大生といった感じである……うん?

 あれ、このひと……。 

「先日は、どうもすみませんでした。あらためまして、剛の妹の、徹子と申します」

 こちらが、あることに気づいて驚いているうちに、徹子ちゃんが丁寧に挨拶をしはじめた。

「いい。気にしてないから」

 たいする蛍子さんの返事は、ひどくぶっきらぼうなものだった。無口でそっけない性格をしているそうなので、たぶん他意はないのだろうが、まるで言葉とは裏腹に、まだ怒っているかのようである。

 しかし、この無愛想な感じ、そしてこの顔。まちがいない。僕は彼女に見覚えがある。

「あの、もしかして、この近辺でよく歌をうたっていませんか?」

「だれ?」

 いきなり、顔をちかづけられた。そして、じっと見つめられた。

 これは、にらまれて、いや、ちがう。たしかゴーによると、彼女は目が悪いらしく、話をするときに、相手を凝視する癖があるそうなのだ。

 ああ、びっくりした。思わずたじろいでしまったぞ。

「えっと、僕はこいつの友人で、廣井公平といいます」

「わたしは、望月蛍子。……たしかに、うたってる。日曜か月曜の夜に、ときどき」

 やはりそうか。商店街の近くで、彼女が演奏をしている場面に、なんどか遭遇したことがあったのだ。張りのあるのびやかな声と、長い指でかなでられる変則的なチューニングのギターが印象的な、ストリート・ミュージシャンである。

 ――と、そこにゴーがよこから声をかけてきた。

「なんだコウ、おまえ、ホタルと知りあいだったのか?」

「知りあいっていうか、ちょっと見かけたことがあるってだけなんだけど」

 僕とゴーが状況を確認しあっているあいだに、蛍子さんは、こんどは徹子ちゃんを凝視しはじめた。

「着物、きるんだ」

「あ、はい。わたし、いつもお休みの日は、こういう感じで」

 そこまで派手な柄というわけでもないが、さすがに街中で着物姿というのは、人目をひくものだ。しかし、徹子ちゃんは臆することがなかった。呉服店の娘であることに、誇りをもっているのである。

「かわいい」

「は?」

 ぼそりと、蛍子さんがつぶやくようにいった言葉を、徹子ちゃんはよく聞きとれなかったようだ。

「その着物。かわいい」

「ど、どうも……。ありがとうございます」

 ぺこりと、徹子ちゃんがお辞儀をした。蛍子さんが、すこしうつむいた。ほのかに、頬から耳にかけてが赤くなっている。……えっ? もしかして、彼女は照れているのか? 

「おし。そんじゃあ、メシでも食いにいこうぜ」

 いって、ゴーが蛍子さんの手をとった。それを見て、徹子ちゃんが一瞬ぴくりと反応しかけたが、結局、なにも言わずにふたりのうしろについた。

 とりあえず、僕は徹子ちゃんのとなりを歩くことにした。めざすは、仲間うちでよく利用するカフェ『ジョルノ』だった。

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