第五十一話 六月十一日(月)放課後 3
ここまでのやりとりで、委員長は徹子ちゃんとゴーの関係がどのようなものか、把握することができたようだ。彼女はつづいて、具体的に、いまなにが辛いのかについての質問をはじめた。
「わたし、タケくんと喧嘩しちゃったんです」
話は、先週の日曜日にさかのぼる。いや、正確には、今日が月曜なので、八日まえだから、先々週ということになるのか。
とにかく、ゴーがその日に、恋人とデートにでかけたのだ。
相手は、四月の頭ぐらいからつきあっているという社会人の女だった。以前、徹子ちゃんが、まだ高校生の兄とつきあうのはふさわしくないといって、僕や幸に相談してきた人物である。もちろん、それだけではなく、のちにゴー本人からも、恋人ができたとの報告はうけていた。
ちょうど、中間テストのすこしまえあたりだったので、冗談めかして『おれ、このテストがおわったら、あたらしい彼女とホテルにいくんだ……』などと、死亡フラグのようなことを言っていたっけ。
「タケくんが、そのひとと遊びにでかけると聞いて……あの、わたし、いけないとは思ったんですけど、ふたりのあとをつけちゃったんです」
徹子ちゃんの告白に、僕は唖然とした。
いくらなんでも、それはまずい。
好きなひとが恋人をつくり、さらにデートにでかけていくという状況に、心おだやかでいられなくなるのはわかる。僕だって、幸がだれか男とそんなことになったとしたら、じっとしているのはむずかしいだろう。
しかし、だからといって、あとをつけてどうなるというのだ。相手に嫌われるだけではないか。
だが、わからないことがひとつあった。ゴーはナンパ好きな男で、これまでにも、何人かの女と交際することにも成功している。ホテルという単語がでてきたのは今回がはじめてだが、それでも、なかにはあるていど深い関係になった相手もいたはずだ。
そして、徹子ちゃんは、たしかにゴーに恋人ができるたびに嫉妬はしていたものの、かつてこんなに取り乱した行動をとったことはなかった。
「ちょっとまって、徹子ちゃん。いつもは、そんなことしてないよね? なんで今回にかぎって?」
「いまの彼女のことを、タケくん、すごく好きみたいなんです。本気っていうか」
本気……。僕は口のあたりに掌をあてて、鼻からゆっくりと息をはいた。
そういえば、まえに徹子ちゃんの相談を受けたとき、彼女はゴーが、相手の女に騙されているのにちがいないと、根拠もなしに決めつけていた。
あのときは、会ったこともない相手を悪くいいすぎだと思ったものだが、もしかすると、あれも焦りの裏返しのようなものだったのかもしれない。
最近のゴーの様子に、とくにかわったところがあったようには、僕には見えなかった。とはいえ、そこが他人と家族とのちがいなのだろう。徹子ちゃんは、あいつの変化に敏感というわけか。
ところが、つぎに徹子ちゃんが口にした言葉は、僕の予想だにしていないものだった。
「じつは、タケくんがよくナンパとかをしているのは、わたしが原因なんです。三年まえに、告白したあと、急にそういう感じになって……。きっと、こちらの気持ちをあきらめさせるために、わざとそんな態度をとっていたんです」
「えっ」
さきほどの、とっくの昔に告白していたことにつづき、驚愕の第二弾だった。思わず、僕はちいさなころのゴーの姿を脳裏にうかべてみた。
あいつはひとなつっこく、運動が得意なものから勉強が得意なものまで、だれとでも友だちになることのできる子供だった。
もっとも、女子にたいしては、自分から男子の輪のなかに入ってくるもの以外とは、とくに目立った接点はもっていなかった。いまのように、ゴーが女と積極的にかかわろうとするようになったのは……中等部のころだ。たしかに、時期は符号している。
ううむ、しかし、これは……。
てっきり、ふつうに色気づいただけだと思ってたのに、あいつの女好きは、徹子ちゃんをあきらめさせるための芝居だったわけか。だが、そうなると、ひとりの女と長続きしないのも道理ということになるのかもしれない。
衝撃の事実とは、まさにこのことだな。
「だから、いままでは、タケくんが女の子とデートしていても、我慢できたんです。本気じゃないって思えたから。でも、こんどのひとは、全然ちがっていて……。それで、ふたりが楽しそうにしているのを見たら、わ、わたし」
そのときの気持ちを思いだしたのか、徹子ちゃんは、ふたたび目に涙をためはじめた。
結局、徹子ちゃんはその場で気持ちを爆発させてしまい、ゴーとその恋人が談笑しているあいだに割って入ってしまったのだそうだ。怒りにまかせて、社会人が高校生とつきあうことについての害悪を一方的にまくしたてたあと、相手の話も聞かずに、さっさと家に逃げかえってしまったらしい。
それで、ゴーはどうしたかといえば、およそ一時間ほど遅れて家にもどってきた。デートを最後までおわらせたにしては早かったので、おそらく、徹子ちゃんのことを心配して、途中で予定を切りあげたのだろう。
あるいは、あいつのことだから、直後に恋人と解散して、どこにいったのかわからない妹を、外で必死に探しまわっていたということもありえる。
いずれにしても、徹子ちゃんは、部屋に閉じこもったまま、ゴーとの会話を拒否した。以来、兄とは口を利いていないとのことだった。
「自分が悪いのはわかっているんです。でも、でも……」
委員長が、徹子ちゃんにティッシュを手わたした。袋ごとである。彼女はすみませんといって、なかから二枚を取りだし、一枚で鼻をかんだあと、もう一枚で目元をぬぐった。
ぐずぐずと、鼻をすすりながら意気消沈する徹子ちゃんの姿を見て、やはり彼女は子供なのだと思った。
なんのことはない。その日のうちに、たとえばゴーがもどってきたときにでもあやまっておけば、とりあえずはすんだ話だったのだ。なのに、なにもしないことで、状況を悪化させてしまった。それは、嫌なことを先送りにする子供の行動そのものだった。