第四十八話 六月十一日(月)昼休み こころのアルバム 3
一番あたらしいページには、昨年の写真が貼られてあった。
見た目は、現在の堤さんとほとんどかわらない。ちがうのは、制服を着ているという点ぐらいである。彼女が以前かよっていた高校では、ブレザーを採用していたようだ。
わが三ノ杜学園には、指定の襟なし型制服は存在するものの、着用の義務はない。だから、僕や委員長のように、制服で通学するものもいれば、幸やゴーのように私服を着てくるものもいる。堤さんは、後者のタイプだった。
「あれ? これって、四月の始業式で着てきたやつ?」
おなじページに、ゴスロリ服を着ている写真があった。勉強机の椅子に腰かけ、膝のうえに、おばあちゃんの形見の人形をのせていた。
構図だけなら、さきの芸術的な写真に似ていないこともない。ただ、堤さんの体がすっかり成長しているのと、場所が彼女の私室であるらしく、生活感がただよっているため、ずいぶんと印象がことなっていた。もちろん、無表情と笑顔という違いもおおきかった。
「はい、そうですよ。映画を見て、着てみたくなっちゃったんです」
彼女が口にしたのは、去年の夏ごろに全国上映されたアイドル映画だった。
たしか、ヒロイン役のアイドルが、作中でゴスロリ服を着たとかで、いくらか話題になっていた記憶がある。もっとも、僕の周囲では、ゴーが当時の恋人といっしょに見にいったらしいという話を聞いたていどで、こういってはなんだが、あまり大ヒットした映画でもなかったため、すっかり忘れていた。
「ふうん……。もしかして、この服もお母さんにつくってもらったの?」
僕がたずねると、堤さんは首をよこにふった。
「いえ、これは通信販売で」
ありゃ、なんだ。さきほどの写真のドレスを作ったというからには、てっきり、ゴスロリもお母さんのお手製だと思ったのに、ただの市販品だったのか。
「へえ、そうなんだ……。でも、始業式でこの服を見たときは、僕も正直びっくりしたなあ。あれって、お母さんに着ていくようにいわれたんだよね?」
「え? ……あ、はい。そうですよ。お母さんが、絶対、印象にのこるからって」
ふにゃりと笑って、堤さんがいった。あいかわらず、お母さんが『おかあしゃん』というふうに聞こえてしまうほどの、舌ったらずな口調である。雰囲気も、まるで幼い子供が、母親について話をしているかのような感じがあった。
堤さんはこんなに美人で、しかもおとなの女らしい外見をしているのに、物腰はふしぎなぐらいに子供っぽい。だが、むしろそのギャップこそが彼女の魅力であると、僕は思った。
「ねえ、堤さん、このアルバムって、家族共用のものなんだよね。ということは、ご両親の写真とかも貼ってあるの?」
すると、堤さんは一瞬、きょとんとしたような顔をした。ちょっと脈絡のない発言をしちゃったかな。僕は内心で苦笑した。
「あります……けど?」
「ならさ、もし嫌じゃなかったら、堤さんのご両親の写真を見せてもらえないかな」
こちらのお願いに、堤さんが目をまるくした。
じつは、彼女のご両親、とくにお母さんには前々から興味があったのである。
なにしろ、堤さんのお母さんといえば、娘にゴスロリを着て学校の式典に参加するよう勧めてみたり、あたらしいクラスメイトに手作りクッキーをふるまうよう言ってみたりと、かなり個性的な人物であるように思えるのだ。
しかも、あんなに華麗なドレスをつくるような、創造的な仕事をしている女性でもある。好奇心が、刺激されないはずがなかった。
「お、いいねえ」
「わたしも、ココちゃんのご両親を見てみたいわ」
幸と委員長が、それぞれ僕の提案に賛意を表明してくれた。堤さんは、笑顔のなかに、かすかな困惑の成分をくわえたように見えたが、すぐにアルバムのページをめくりはじめた。
ほどなく、一枚の写真を選びだした。
「えっと……。パパとママが結婚したときの写真です」
いって、堤さんが見せてくれたのは、黒いタキシードと白いウェディングドレスの、若い男女の写真だった。
「わあ、綺麗なお母さん。それに、お父さんもかっこいい」
「そ、そんな。ふつうのパパとママです」
委員長の感嘆の声に、堤さんは頬をあからめて否定の言葉をかえした。ほめられて、照れてしまったのだろう。実際、彼女のお母さんはどこの女優さんといった感じだし、お父さんも、背が高くてさわやかな雰囲気の好青年だ。ふつうどころか、どこからどう見ても、似あいの美男美女カップルである。
このご両親のあいだに、堤さんのような美少女がうまれたわけか。なんというか、ものすごく納得だった。
「……ココのお母さんって、あんま背、高くないんだ?」
ふと思いついたように、幸がいった。
写真だけだと、ほかに比較する対象がないので判断しづらいが、堤さんのご両親には、かなりの身長差がある。したがって、お父さんが二メートルちかくあるというのでもなければ、相対的に、お母さんのほうがかなり小柄ということになりそうだ。
「ママは、安倍さんとおなじぐらいの身長ですね。パパは、……廣井さんと似たりよったりかな?」
「ほほぉ……。ね、公平、耀子ちゃん。ちっとならんでみてくれる?」
はて? なんのつもりだろう。とりあえず、僕たちは言われたとおりにやってみた。すると、幸は自分の鞄からカメラ付きの携帯電話をとりだして、こちらにレンズをむけてきた。どうやら、写真を撮るつもりらしい。
いちおう、三ノ杜学園では、校内での携帯電話の使用は、かなり制限されている。違反が見つかったときの罰則も、一ヶ月間の没収、さらに返却時にも親との話しあいが必要だったりと、相当に厳しいことになっている。
ただ、禁止されているのはインターネットの利用やゲーム類全般、それと、授業がはじまったあとに電源をいれたままにしていることだけで、休み時間に写真を撮るぐらいなら校則違反にはならないはずだった。
もうちょっとそばに寄って、笑ってなどと注文をつけたあと、幸はおもむろに撮影をはじめた。
撮りおわると、堤さんといっしょに画像を確認した。
「おお、これこれ。ほぉら、見てみ」
うながされるまま、僕と委員長は、ふたりして携帯ディスプレイをのぞきこんだ。
うーん? べつに、ただならんで写っているだけのように見えるが。とくにかわったところもないし……。幸は、いったいなにがしたかったのだろう。
そう思いかけたとろで、ふいに、僕はあることに気づいた。
なるほど、身長か。こうすれば、堤さんのご両親がどのぐらいの背丈なのか、イメージがつかみやすいものな。
さっそく、ご両親の結婚写真といま撮った画像とを比較してみることにした。
こうしてならべてみると、堤さんのお母さんは、委員長ほどには胸はおおきくないようだ。そして、髪はどちらかといえばショートヘアである。
また、委員長は瞳がおおきく、くちびるがぷりぷりしていて、全体的に顔の造形が丸っこい。うつくしいというより、かわいらしいタイプと言っていいだろう。それにたいし、堤さんのお母さんは、目元の涼しげな印象の美女だった。
「廣井くんのほうが、ココちゃんのお父さんより痩せてるみたいね」
よこから、委員長のつぶやきが聞こえてきた。
むう、堤さんのお父さんとくらべられるのは、ちょっと厳しいな。このひと、けっこう体格がいいぞ。脱いだらすごいってやつじゃないか?
――などと、ふたりでこまかいところを見比べあっていると、突然、堤さんが予想外の言葉を口にした。
「なんだか、こっちも結婚写真みたいですね」
「へ? けっこ……」
われながら、じつにまぬけな声をあげてしまった。
というか、ちょっとまて。冷静に考えたらおかしいぞ。そもそも、身長差をわかりやすくするぐらいのことで、ツーショット写真を撮る必要があるのか?
思わず、幸のほうに目をやると、彼女はニヤニヤとした笑みをうかべていた。いつもの、僕をからかうときにする表情である。
まさか、はじめからこれが狙いで?
「あ、ごめんなさい。写真、うっかり消しちゃったわ」
いつのまにか、幸の携帯を操作していた委員長が、ぺろりと舌をだした。
「うっそ、せっかく撮ったのに、もったいない……」
残念そうに、幸がいった。さすがは委員長だと思った。ものごとに動じず、適切な行動をとるひとだ。
どうも、僕はこういうのは苦手だった。からかわれると、パニックにおちいってしまうのである。幸も、それを知っていて、おもしろがっているのだ。
結局、そのあとすぐに予鈴が鳴ったため、アルバム閲覧会は解散ということになった。最後まで、僕は幸にいじりた倒されただけだった。
やれやれ、男として、情けないことこのうえないよ。僕はひそかにため息をもらした。




