第四十三話 六月十一日(月)昼休み 耀子のアルバム 1
幸のつぎは、委員長の番だった。
このメンバーのなかでは、彼女との付き合いがもっとも長いのは僕ということになる。といっても、むかしの写真を見せてもらったりしたことはなかった。子供のころのことは、なんどか聞いたことがあるが、本が好きでよく読んでいたというような話ばかりである。
委員長のアルバムも、幸のそれと同様、個人用のものだった。
ページをめくってみても、赤ちゃんの写真ははいっていない。まあ、当然のことではある。そういうのは、ふつう、家族用のおおきなアルバムに入れてあるものなのだ。
最初のページにおさまっていたのは、幼稚園時代の写真だった。
幼い日の委員長は、くりくりとした黒目がちの瞳が印象的な女の子だった。いまと違い、髪はそれほど長くない。そして、どの写真にもかならず絵本がうつっていた。
ある写真は、絵本を見せびらかすようにして、満面の笑みをうかべているところだった。お気に入りのものだったのだろうか。
またある写真は、絵本にかこまれてお昼寝といった構図のものだった。ご両親が、シャッターチャンスを狙っていたのかもしれない。
堤さんが、目を輝かせていた。幸が『かわいい、すっごいかわいい』などといって騒いでいる。委員長は、すこしはにかんだように頬をそめていた。
時代がくだり、小学校に入学したあたりの写真になると、ちいさな委員長は眼鏡をかけるようになった。
「もともと、あんまり目はよくなかったの。それで、入学を機にというような話になって」
現在の委員長のトレードマークはみっつある。ひとつは眼鏡、もうひとつは三つ編みのながい髪、最後のひとつはおおきく露出させた額だ。しかし、小学生の委員長は、肩までのセミロングヘアで、前髪もおろしていた。
少々かわった写真があった。小学校高学年ごろの委員長が、国語辞典をかかえているものである。小学生が持つにしてはかなり本格的な辞典で、彼女はそれをカメラのまえで見せつけるようにして立っていた。
「あ、これは、すごく欲しかった辞典を買ってもらったときの写真ですね。このために一生懸命勉強して、苦手な算数のテストで百点をとったんですよ」
SFが好きなわりに、委員長は理数系が苦手だったりする。赤点をとるほどではないが、平均点の足をひっぱるという感じなのだ。この口ぶりだと、小学校のころからそうだったのだろう。
「でも、なんでまた国語辞典を? せっかく百点をとったなら、もっといいものを買ってもらえばいいのに」
「当時は、もう小説を書きはじめてたから、きちんとした辞典がどうしても欲しかったの。わたしにとっては、この子は言葉をおしえてくれる魔法の本っていうか、それこそ、いま開いているのが何ページか、指で当てられるぐらいに使いこんでるんです」
ほう、小説執筆のために、擬人化するほど大切にしている辞典か。指でページ数をあてられるとは、筋金入りだなあ。
ふと、以前どこかで聞いた話を思い出した。とある小説家のエピソードである。
なんでも、そのひとはかなり幼いころから小説家を志していたらしく、小学生のころは、毎日、すこしずつ辞典を書きうつすという作業を、自らに課していたのだそうだ。
もちろん、辞典を書きうつす行為が、小説家になるという目的に、どれだけプラスに作用するものなのかはわからない。ただ、事実として、そのひとは高校在学中にプロデビューを果たしているので、たぶん実力をつける役にはたったのだろう。
なんとなく、その小説家と委員長とのあいだには、相通ずるものがあるような気がした。
いくつか読ませてもらった感想を言わせてもらうなら、委員長の小説はおもしろい。着想や文章の特徴に目がいきがちになるが、ほんとうに特筆すべきは、基礎ができているところだ。彼女は言葉をよくしっているのである。
率直にいって、賞などに応募すればいいところまでいくと思うのだが、委員長は自信がなさそうだった。