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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第三章 アルバムのなかの君
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第四十二話 六月十一日(月)昼休み 幸のアルバム 2

 ひとしきり盛りあがったところで、ようやく幸はページをめくりはじめた。

 最初が赤ちゃん――といっても彼女本人ではないが――だったわりに、小学校以前の写真は一枚もなかった。

 ただし、写真を撮らなかったわけではない。ほかのアルバムに保管されているだけである。ここにあるのは、厳選されたものばかりなのだ。

「あ、これも廣井くん?」

 委員長が指さした写真は、幼い僕が、幸といっしょにならんでたっているものだった。ふたりとも、体格にくらべると、おおきなランドセルを背負っている。背景には、わが廣井家がうつりこんでいた。

「えっと、……ああ、公平が小学校に入学した日の写真だね。たしか、こんときは、アタシがガッコに案内してやるっていってんのに『ひとりでいけるんだい』とかいって、けっきょく迷子になったんだよ」

 やはり、この展開かと思った。なんで幸は、僕の失敗ばかりをよくおぼえているのだろう。

「迷子になんかなってないってば。ちょっと道をうろ覚えで、時間がかかっただけだよ」

「そういうのを迷子っつうの」

 弁解の余地をあたえず、そのまま幸はページをめくってしまった。

 つぎのページも、そのつぎも、どの写真のなかでも、幸は天真爛漫な笑顔をうかべていた。なにも知らないひとが見たら、元気いっぱいな女の子の記録かと勘違いされそうなほどである。

 実際には、子供のころの幸はいつも体調が不安定で、いくどとなく入退院をくりかえしていた。

「このひとは、宇佐美さんのおじいさんですか?」

 堤さんが指摘した写真には、痩せた老人がうつっていた。幸を肩車している。その足元には、ちいさな僕がしゃがみこんでいて、ふたりの様子を指をくわえながらながめていた。

「や、このひとは公平のおじいちゃんだよ。一平じいじ。むかし、よく遊んでもらったんだ」

 幸が、すこし遠い目をした。祖父は当時、六歳だった僕と七歳だった彼女を、おなじようにかわいがってくれていたのである。ふたりとも、まだ子供で、彼の肩車が大好きだったのだ。

 おそらく、この写真は、僕が幸に順番をゆずったときのものだ。指をくわえているところが、なんとも情けなかった。

「あっ!」

「え……ええっ?」

 さらにページがめくられたところで、委員長と堤さんが、同時に素っ頓狂な声をあげた。

 はて? こんどはどうしたのだろう。

 ふたたびアルバムを確認したところで、僕はあいた口がふさがらなくなった。

 写真にうつっていたのは、情熱的に抱きあうちいさな男女の姿だった。

 小学校中学年のころの、僕と幸である。まるで恋愛映画のクライマックスのように、おたがいの背中に腕をまわし、目をとじて、くちびるを重ねあっていた。

「こ、こ、こ」

 眼鏡をきらりと光らせつつ、委員長がいった。

「これ、舌とかはいってます?」

 なんという質問をなさいますか、委員長。

「んー……、どうだっけ?」

 小首をかしげつつ、幸がこちらに水をむけてきた。入れていないしはいっていない。というか、そんなこと僕に聞くないわせるな。

「あはは……。さあ、どうだったかな」

 とりあえず、笑ってごまかした。

 まったく、幸はなにを考えているのかねえ。こんな写真、他人に見せて恥ずかしくないのかな。

「あの、あのっ! ふ、ふたりはもしかして、おつきあいしているんですかっ?」

 くだんの写真を目にした瞬間から、完全に固まっていた堤さんが、急に勢いこんでたずねてきた。

「男女交際みたいな感じじゃつきあってないよ? アタシ、家族にキスとか、ふつうにするんだ。つっても、公平とは血はつながっちゃいないけど、ま、似たようなもんだし。……で、これは最初にしたときの写真だったかな」

 ぜんぜんなんでもないことであるかのように、幸がいった。『血はつながっていないけど、家族のようなもの』という言葉が痛い。やれやれ、僕にとっては、好きなひととするファーストキスだったのに、あんまりだぜ。

「で、でも、ということは、けっこう頻繁にその、キスしてるんですか? 最近も?」

 ふつうにキスをするという返事に、さきほどとはちがう意味で驚いたらしく、堤さんが弾かれたようにこちらを見てきた。

 そんなに、僕が女の子とキスしてたらおかしいかな。ちぇ。

「いっしょに暮らしてるわけじゃないから、そこまで頻繁じゃないけどね。ほんのときどき」

 ぱちりと片目をとじて、幸が悪戯っぽい笑みをうかべた。委員長が、かすかにため息をついた。それから、憐れみに満ちたような視線をこちらにおくってきた。

 わかってもらえましたか、委員長。僕の悲しみ、せつなさが。

「けど、うさっち、なんでこんな写真がのこってるの? 最初のキスの記念ってことは、なにかきっかけがあったんでしょ?」

「きっかけ? ……うーんと、なんだったかな。たしか、公平に『僕とキスしてくれ。してくれなきゃ死んでやるっ』とか、泣きながらいわれて」

 その言葉に、委員長の目が点になった。堤さんが、心の底から意外そうな表情で、僕と幸を交互に見比べている。

 ええい、なんということをいうのだ。たしかに、泣きながらそういうことをいったのは事実である。ウソではない。だが、いくらなんでも、もうちょっとほかに言いかたというものがあるのではないか。

「廣井くんって、やるときはやるのね」

 あきれたように、委員長がいった。ああ、もう。絶対に誤解されたぞ、これ。どうするんだよ、いったい。

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