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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
プロローグ 初恋のおわり
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第四話 四月八日(日)夜

 ともあれ、話に一段落ついたので、表むきの約束どおり、いっしょに買い物にでかけることになった。

 もっとも、僕にはとくに欲しいものも見たいものもなかったので、幸に誘われるまま、ふたりで商店街の電器店へとむかった。聞けば、家電製品のセールがおこなわれているらしい。

「あったあった。アタシ、これが見たかったんだ」

「へえ」

 鞄から、ルーペと新聞の折りこみチラシを取りだすと、幸は僕に、新型掃除機の美点――軽量化の成功にともなう機動性、節電機能の充実がもたらすエコロジーのすばらしさ――についての、詳細な解説をしてくれた。

 正直なところ、あまり興味のない話題だった。だが、失礼にならないよう、表情には出さないようにつとめた。

 じつは、これは幸の趣味なのである。すなわち、掃除・洗濯・整理整頓にかんする道具の研究だった。

 もちろん、研究するだけではなく、実地におこなう家事全般も、ほぼ完璧である。とくに、収納術については一家言あるらしい。

 ただし、料理だけはべつである。いちど調理中に倒れてしまったことがあり、そのときは大事にいたらなかったものの、火と熱い油をつかうのを親から禁止されているのだ。

 ちなみに、電子レンジをもちいた創作料理を、いくつか披露してくれたことはある。だが、できはそこそこといった感じで、期待はずれとまではいわないが、あれだけ手ぎわよく家事をこなす幸にしては、意外なほどふつうだった。

 さて、そんなふうにしばらくのあいだ幸にくっついて回り、ひととおり見おわったところで、店を出ることになった。

 すでに、すっかり遅い時間である。腹が減っていたので、ふたりでちかくのファミレスに行くことにした。

 店員に案内されるまま、ふたりして向かいあって座った。注文した料理は、すぐにやってきた。

 食事をしながらの話題は、懐かしい子供のころのことがメインになった。ちょうどいい機会なので、例のお返し合戦について、さきほどの訂正を試みることにした。

 ところが、またしても言いあいになってしまった。

 泣いたのは公平のほう。その証拠にと、幸は数年まえ、僕が上級生と喧嘩して泣いたときの話を持ちだし、あんたはべそっかきだと決めつけた。

 結局、話しあいは平行線をたどり、いつものように僕が折れることになった。それでも、あのとき泣いたのは幸だ。ちぇ。

 ひとつひとつ、まるでふたりの関係が幼なじみ以外のなにものでもありえないことを確認するかのように、幸は幼いころの話をつづけた。

 涙が出そうになったが耐えた。幸はときどき鼻をかんだ。

「なあ、公平ってさ。もしかしてロリコン?」

 料理をたいらげ、すこしのんびりしていると、幸が唐突にそんなことをいってきた。

「なんだそりゃ」

 いや、そこまで意味不明な質問でもないか。なにしろ、幸はちいさくて子供のような外見だ。そういう相手を好きになったからには、そんなふうに思われても、しかたないのかもしれない。

 でも、僕が好きなのは幸だけで、子供というか、年下そのものには、たいして興味はないんだけどな。

 とはいえ、さきほどきっぱり僕をふってくださったばかりの女にむかって、好きなのはおまえだけ、などというのもどうなのだろう。

「ちがうのん? じゃあ、こういうののフェチとか、そんな感じ?」

 いって、幸は自身のみじかい銀髪をつまんだ。

「べつに、そんなことは……。うーん、いまさらいわれても迷惑かもしれないけど、幸が好きなんだから。髪の色とか、関係ないよ」

「ふうん……。よかったぁ」

 うれしそうにほほえむ幸を見て、どきりと心臓が跳ねた。

 これはつまり、男としては見ていなくても、好きといわれたらうれしいということだよな。もしかして、まだいくらかは脈があったりするのだろうか。

 冷たい暗闇のなかで、ちいさな炎がともされたような気がした。

「だったら、アタシ以外の女でも好きになれるね。安心したよぉ」

 絶句するしかなかった。希望のともし火が、あっというまに消え失せてしまった。

「ほら、あんたさ。なんかすっごい昔から、ずっとアタシのこと好きだったみたいだし。こういう外見じゃないとダメってんならマズイけど、そうでないんなら、世界にはいっぱい女がいるんだから」

 すこし早口でそういうと、幸はコップの氷水にくちびるをよせた。

「あしたから新学期なわけだし、きっといい出会いとかもあるよ。気になる子がいたら教えて。アタシ、応援してやっから」

 思わず、ため息をついた。そして、すぐにそれを後悔した。

 やれやれ、僕はアホか。期待してはいけないのだ。幸はそのことをはっきり伝えるために、わざとこんな言いかたをしているのである。

 おそらく、幸は幼なじみとして、こんごもいままでどおり、気楽に僕をからかいつづけるつもりなのだろう。ならば、こちらもいままでどおり、それを軽くいなすべきである。

 告白をしてしまった以上、なんの痛みも努力もなしに、これまでどおりのふたりを続けられるとは思えない。へたをすれば、ただ他人になるよりも悪いかたちで、関係が壊れてしまうことだって充分ありえるのだ。

「よおし、あしたからは、僕も男の色気を全面にだすとするか!」

 だから、僕は気合をいれて、そんなわけのわからないことをいってみた。

「おう、その意気だ! 失恋は男をおおきくするぜぃ」

 すると、幸もそんなわけのわからないことをいって、ガッツポーズのような姿勢をとった。それから、僕たちは会計をすませ、ファミレスをでた。

「どうしたの、幸?」

 ファミレスの門口のよこで、幸がしゃがみこんでいる。

「つかれたぁ……。アタシ、ちっとハイになってたかも」

 たしかに、今日の幸はいつにもましてよくしゃべり、よく笑い、よく動いていた。

 他人にくらべて、幸には根本的に体力がない。ただ、ベッドに臥せていることをよしとしない性格をしているため、スポーツ選手とはちがう意味で、しかしそれに負けないぐらい、体調管理には気をつかっている。

 なのに、今日の彼女は、めずらしくペース配分をまちがえてしまったようだ。

「おんぶしてあげようか?」

「たのむよ。お返しはするから」

 すぐに、僕は腰をおとした。このていどのことで、お返しなどとも思ったが、口にはださなかった。

 ひとになにかしてもらったらお返しをするというのは、幸にとっては、とても大切なことなのだ。

 背中に、幸がのってきた。ちいさくて、そして軽い。

 そのままおぶって歩いていると、道をいくひとたちの視線を感じた。すれちがいざまに、ほほえましいものを目にしたような表情をうかべたひともいた。

 きっと、頼りがいのある兄が、幼い妹の世話を焼いているように見えたのだろうな。幸といっしょにいると、そんなふうにまちがわれることが、よくあるのだ。実際は、まったくの逆なのに。

 しばらくのあいだ、幸はひとこともしゃべらなかった。眠っているわけでもないだろうが、じっと、僕の肩のあたりに顔を押しあてているようだった。

 あとどのぐらい、彼女とこんな時間をすごせるのだろう。背中にぬくもりを感じながら、僕はそんなことを考えていた。

 いまは幼なじみにもどることができたとしても、やがてそれもおわる。……否、おわるなどという言葉をつかってはいけない。それはちがう意味をもつ言葉である。

 おわったりはしない。べつのものになるのだ。

 たとえば、ちょっと想像しにくいが、僕がだれか、ほかの女を好きになって、恋人になってもらえるようなことがあるのかもしれない。逆に、幸のほうが相手を見つけてしまうのだって、あたりまえにありそうなことだ。

 いつか、そんな日がきたとして、僕はそのとき、今日の思い出を懐かしんでいるのだろうか。

「公平」

 耳元で、幸がささやきかけてきた。

「あしたからさ。もうさっきみたいなこと、いわないから。ごめんな」

「ああ……」

 幼いころからずっと好きだったひと。ずっと守りたいと願いつづけてきたひと。だけど、彼女は、僕をそういう対象として選んではくれなかった。

 僕にできるのは、気やすく、楽しく、ともに笑い、ときには助けあう幼なじみの友だちという役割だけなのだ。

 あんたは弟みたいなもの。その言葉が耳にのこる。ほんとうに姉弟だったらよかったのに。それなら、異性として愛することができなくても、家族として、幸をいつまでも守ってやれた。

 気がつくと、相手の家の近くまできていた。玄関が見えてきたところで、僕は幸に声をかけた。

「はい、到着。歩ける?」

 とりあえず、幸を背中からおろした。

「だいじょうぶだよ。ありがとね」

 見ると、どうやら足どりはしっかりしているようだった。

 ふだんなら、家に寄ってお茶でも飲んでいけとすすめられるところだろう。幸の両親は、僕を家族のようにあつかってくれている。

 それでも、いまは会っていきたくはなかった。

「じゃあ、僕は帰るよ。またあした」

「……うん」

 幸に背をむけ、僕はひとり歩きだした。初恋がおわったのだと思った。



<プロローグ・了>

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