第三十九話 五月七日(月)夜 2
ウェイトレスに注文を伝え、それでようやく徹子ちゃんの相談を聞く態勢がととのった。
じつはといって、彼女が切りだしてきた相談の内容とは、ゴーにあたらしい恋人ができたことだった。
「そりゃ、男なんだから、恋人ぐらいつくるさ」
「けど、相手は社会人みたいなんです、公平さん」
ほう、年上をおとしたのか。あいつが男らしいやつであることは知っていたが、さすがにやるもんだ。
そう思い、僕はすなおに感心したのだが、徹子ちゃんの意見はちがうようだった。
「まだ高校生なのに、社会人の彼女なんて、ふさわしくありません。だいいち、おとなが未成年にちょっかいを出すなんておかしいです。きっと、タケくんは誘惑されて、騙されているに違いないんです」
この場のだれも見ようとせず、ただ自身の信念を吐きだすように、徹子ちゃんはきっぱりと言いきった。
そんな彼女の姿に、僕はすこしあきれていた。
兄が大好きなのは、けっこうなことだ。家族愛はすばらしい。しかし、そのために、会ったこともない人間をこきおろすのは、度がすぎる。
幸もおなじことを考えたようで、やんわりと、徹子ちゃんを嗜めにかかった。
「アタシは、タケちゃんが好きになった女なら、だいじょうぶだと思うよ。それに、どんな相手か確認もしていないうちに、頭からだまされてると決めてかかるってのはねえ……。そういうのって、ひいきの引き倒しっつうか、あんたの兄ちゃんにはひとを見る目がないって言ってるのとおなじな気がするんだけど?」
すると、徹子ちゃんは信じられない言葉を聞いたというふうに、幸を、そして僕を見た。
「こっちも、幸と同意見だよ。……あと、ほら、ゴーって、男の僕から見ても友だち甲斐のあるカッコイイやつだから、むしろ同年代とかよりは、すこしぐらい年上のほうがうまくいくんじゃないかなって思う」
とりあえず、僕はゴーをフォローすることにした。こう言っておけば、徹子ちゃんもそんなに悪い気はしないだろうという計算がひとつ。もうひとつは、なかば本気でそう思っているところがあったからだ。
実際、あいつはナンパの成功率も高いようだし、ひとりの女と長続きしないのは、当人が遊び人気質だからという面がおおきい気がする。
しかし、僕の返事に、徹子ちゃんはかぶりをふった。ひどくうろたえたような感じだった。
「でも、でも……。だって、社会人が相手だと、ふつうに高校生同士でつきあうのとちがって、お金の問題がでてくるじゃないですか。タケくんはラグビーをやってるから、アルバイトとかむりだし、かといって、相手に奢らせてばかりでもよくないし」
思わず、幸と顔を見あわせてしまった。
なるほど、たしかに徹子ちゃんのいうことには一理ある。家庭に養われている高校生が、収入のある社会人とつきあうなら、なによりおおきな問題であるといっていい。
だが、同時にそれは、やる気になればどうとでもなる種類の問題でもある。恋愛の障害というより、どのように関係をはぐくんでいくか考えるうえでの、前提条件といったたぐいのものだ。
どうやら、徹子ちゃんは、ゴーに恋人ができたことが、よほど気にいらないらしい。ふたりの関係を否定するという結論がさきにあり、話をそこにもっていくために、あれこれと悪い点をでっちあげようとしている。そういうふうにしか、僕には見えなかった。
「そこはまあ、相手の常識を信じるしかないけどさぁ。……さっきもいったとおり、タケちゃんの選んだひとなんだから、そんな変なのじゃないと思うよ?」
ため息まじりに、幸がいった。
「まずはさ、ゴーにその恋人を紹介してもらってからだよ。会わないことには、なにを言ってもしかたないんだし」
あまり強い口調にならないように気を遣いつつ、僕も幸のあとをついだ。
徹子ちゃんは、気落ちしたように、うつむいてしまった。
おそらく、彼女は、僕と幸がいっしょになってゴーを説得することを期待していたのだろう。それがこの結果なので、あてがはずれたと思ったのかもしれない。
かわいそうだが、しかたなかった。
もしも、いま、ほんとうになにか問題があるとするならば、それはゴーの年上の恋人についてではないのだ。徹子ちゃんの、ブラコンについてなのである。
やがて、ウェイトレスが料理を運んでくると、きりがいいので、ゴーの話はそこで一段落ついたということになった。