第三十七話 五月七日(月)黄昏 6
「なあ、公平はなに食べる?」
氷水に口をつけたりして、すこし落ちついてきたところで、幸がメニューを見せてきた。恒例の、とりかえっこである。
食のほそい彼女にとって、外食は量があわないことが多い。そのため、僕がいるときには、いつもふたりで共通のものを注文して、残さず、しかも食べすぎにならないように調節しているのである。
「ちょっと腹がへったし、ハンバーグセットをたのもうかな」
「じゃあ、アタシは野菜とチーズのサラダに……海鮮リゾットいっとくわ。イカスミのやつ」
そこに、なぜかあすかが口をはさんできた。
「アタシ、パフェがいい! イチゴパフェ」
なんだそりゃ。幽霊がパフェなんて、いや、そもそも食事自体できるのか? 思わず、僕は聞きかえした。
「へ? そんなの食べられるの?」
すると、幸は、ふしぎなものでも見るような視線をこちらにむけてきた。
「ん? まあ、全部はむりだろうけどさ。いつもみたいに、とりかえっこして」
しまった。僕はアホか。うっかり、素であすかに話しかけていた。
「あっ、そ、そうだね。とりかえっこするんだね。あはは」
あわてて体裁を取り繕っていると、こんどはあすかが駄々をこねはじめた。両手でテーブルをばんばんと――音はしないが、そういう雰囲気だ――たたき、脚をばたつかせている。
「パフェ! パフェ! イ・チ・ゴ・パ・フェ~!」
ええい、うっとうしい。おまえは何年生だ。小学生かよ。
「どうしたんですか? 今日の公平さん、なんだかすごく楽しそう」
「あれ、そうかな、徹子ちゃん」
見破られてしまった。彼女のいうとおり、とても楽しいのである。くやしいが、駄々をこねているあすかが、かわいくてしかたがない。
「イチゴパフェ~! あすか、パフェ食べるのぉ!」
よしよし、わかったわかった。きっと、生前のあすかの好物だったのだろう。そのぐらい、残ったら僕が食べればいい。
「デザートに、イチゴパフェも注文していいかな、幸? ちょっと甘いものがほしい気分なんだ」
「お! いいねえ。てっちゃんもたのむ?」
さりげなく、幸が徹子ちゃんに話題をふった。
さきほど、あすかに引っぱられてしまったのはさておくとして、こういうところは、やはりお姉さんである。きちんと、徹子ちゃんのことも気にかけている。
ふだんなら、ゴーのよこで賑やかにしている彼女が、今日は借りてきた猫のようにおとなしいのである。つまり、ほんとうに悩みがあるということなのだろう。
ともあれ、あとは注文をまとめて、店員にオーダーするだけになった。幸が呼び鈴に手をかけているので、もしかしたらそこまでやってくれるつもりなのかもしれない。
ふと、気がつくと、いつのまにか、あすかが騒ぐのをやめていた。希望がかなったためだろうか。行儀悪くしないのはいいことである。
それにしても、さっきのあれは、いくらなんでも子供っぽすぎるよなあ。ほんとうに、享年十五なのかね。数え年だったとしても、満十三歳以上のはずなんだけどな。
苦笑をうかべつつ、僕はちらりと、あすかのほうに視線をおくってみた。
顔を、手でおさえているのが見えた。
泣いている。声を殺して、ただ嗚咽をもらしている。
なぜ。そう思うまもなく、あすかは強引に涙をぬぐうと、僕に笑いかけてきた。
心の底からしあわせだといわんばかりの笑顔。しかし、目からは、涙があふれつづけていた。
「わがまま聞いてくれて、ありがとう。でも、時間なんだ。アタシ、いかなくちゃ」
もう、そんな時間なのかと思った。あすかが、この世界で僕と接することができるのは、週にいちどのわずかなあいだだけ。たったいま、それがおわろうとしているのだ。
「今日は、楽しかった?」
まわりに気づかれないよう、僕はあすかに顔を寄せて、そっとささやいた。すると、彼女はこちらの手をとり、しっかりと握りしめてきた。
「楽しかったよ。公平、大好き!」
そのまま、あすかの姿が、存在感が、急速に薄れていった。
また、来週あえる。そう思っても、さびしさを消すことはできなかった。