表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
プロローグ 初恋のおわり
3/210

第三話 四月八日(日)夕方 2

 幸が泣きやむのを、僕は待っていた。

 ひとりぶんの距離をあけ、僕たちはベンチにならんで腰かけている。右隣で、幸がうつむいていた。

 手袋をした両拳を、かたくにぎりしめているのが見えた。

「好きなひとがいるの?」

 いくらか、落ちついてきた気がしたので、尋ねてみた。こちらの問いに、幸はかぶりをふり、それからハンカチで目元をぬぐった。

 しばらくそうしていたが、やがて幸は顔をあげ、こちらに向き直ってきた。その表情は、いつもの気丈な彼女だと思えた。

「体のこと、気にしてる?」

 この質問を、幸が好まないことはわかっていたが、せずにはいられなかった。

「ちがう」

 いって、またしても幸は首をよこにふった。瞳に、とがめるような光がやどったような気がした。

「なら、なんで」

「幼なじみだから、かな」

 しみじみとしたような口調だった。

「あんたの気持ちは……うん、すっごくうれしい。でもアタシ、公平のことを男として見てない。家族みたいに感じてる」

 そこでいったん言葉をきり、ひと呼吸おいて、幸はつづけた。

「公平って、アタシの弟みたいな存在なんだわ」

 弟かよ。思わず、声にだして言いそうになってしまった。

 年下だからしかたないとはいえ、こんなちいさな女の子に弟あつかいされるのは、内心じくじたるものがある。とはいえ、僕のほうにも、幸のことはお姉ちゃんというふうに感じている部分があり、なんとも言い返しようがなかった。

「挨拶とか冗談で、あんたに抱きつくことはできる。キスすることだってできる。でも、つきあうとなったら、もっといろいろとあるわけでさ。……ぶっちゃけ、想像できないっつうか、しちゃいけないっつうか、キモチワルイっつうか」

 そんな理由、ありかと思った。たしかに、いわんとすることは、僕にも理解できる。だが、いくら姉弟のような感じがあるとはいえ、ただの幼なじみでべつに家族というわけでもないのに、それはあんまりだ。

「あ、でも、ほんとにすっごくうれしかったから、選ばせてやるよ。二択問題。選択肢その一。ふたりは幼なじみ関係を解消して、こんご関わりをもたないようにする。選択肢その二。今日のことはわすれて、あしたから幼なじみを再開する。さあどっち? アタシはあんたの決めたほうに従うよ」

「二択の意味がないだろ……」

 しらず、ため息をこぼしてしまっていた。

 幼なじみ再開といっても、実際はちがっている。昨日までは、恋人になれたかもしれない可能性のあった幼なじみであり、あすからは、恋人になれないことが確定した幼なじみなのだ。はっきりいって、両者には月とすっぽんぐらいの差がある。

 しかし、それでもなお、幸と赤の他人になることにくらべれば、雲と泥だった。

「さっき、抱きしめなきゃよかったなぁ。そしたら公平、きっと告白できなかったよ。あのときみたいに、泣きそうな顔をしてるから、ついやっちゃった。ここをしのげば、なにくわぬ顔で幼なじみをつづけられたのに」

 例のお返し合戦のことを、幸は言いたいようだった。やはり、いまだに勘違いしておぼえているらしい。この場は流すとして、あとで訂正しておかないと。

「それはないよ。たしかに緊張はしたけど、すぐに自分から勇気をだして告白していたさ」

 おほんとひとつ咳払いをして、僕は言葉をつづけた。

「選択肢はその二ということで。あしたからもよろしく、幸」

 やれやれ。僕はいま、かなり情けない顔をしているんだろうな。

「いいんかぁ? 幼なじみってことは、気やすく抱きつくぞ? キスするぞ? いっしょに風呂はいるぞ? 生殺しだぞぉ?」

 口もとに手をやり、幸がくすくすと笑った。そんなのは、いままでどおりだ。ああ、生殺しだとも。

「ちょっとまて。風呂にいっしょにはいってくれるの?」

「ごめん。やっぱそれなし」

 冗談とはわかっていたが、とりあえず肩を落とすふりをしてみた。すると、幸はふいに体を動かし、僕との距離をちぢめてきた。

 どうしたのだろうと思うまもなく、幸はさっきとおなじように、こちらを抱きよせてきた。

「えっ、ゆ、幸?」

 いきなりのことに、僕はうろたえてしまった。

「なんで動揺してんの? ただの幼なじみっしょ?」

 すこし怒ったようにそういって、それから、幸は僕からはなれた。

 もとの距離ですわりなおすと、幸は冷ややかな口調でつづけた。

「もどれないんなら、選択肢その一にかえる? アタシはそっちでもいいよ?」

 やめてくれ。絶対にいやだ。

「ちょっとおどろいただけだよ。それに、約束はあしたからだろ」

「ありゃ、そーゆー解釈なん? そんじゃ、今日のうちにいっぱい練習しておかなくちゃね」

 ニヤリというふうに、幸は意地悪そうな笑みを浮かべた。しかし、その目は真っ赤なままだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ