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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第二章 クッキーとイチゴパフェ
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第二十九話 五月七日(月)放課後 1

 放課後の教室は、騒がしくなっていた。

 基本的に、この時間帯は、学生がダラダラと居残っているものである。しかし、今日はそれが、ふだんよりも多そうな気配だった。どうやらみんな、進路調査アンケートについて、仲間同士で話しあっているらしい。

 かくいう僕も、さきほどから幸や委員長と、その話題で盛りあがっていた。

「喫茶店の店主かぁ。……けど、公平ってさ。ちっちゃいときから、なんつうか、自営業? そういうのになりたがってたよね。なんで?」

 無邪気な顔で、幸が僕の心の傷をえぐってきた。やれやれ、せつないなあ。さて、なんと返答したものか。

「あら、むかしからインドア派だったんですか?」

 おお、さすがは委員長。いいことをいう。よし、この場はそういうことにしておこう。

「そうそう。そとにでて働くのって、なんか性格にあわないんだよね。やっぱり、自宅兼職場ってのがいい」

「あんたが喫茶店の店主なんかになったら、レジのところでずっと本よんでそう。公平って、ドクショスキーだもんねー」

 笑いながら、幸がいった。いくら本が好きでも、仕事中には読まないって。

「ところで、うさっちは、将来なにになりたいの?」

 委員長がたずねると、幸は表情を曇らせた。

「んー。アタシさあ、目が悪いっしょ? それに、休みやすみならともかく、何時間も継続して作業するのとか、ちょっとムリだから。なにがしたいっていうより、できることがかぎられてるんだわ」

 就職、すなわち働いてお金をもらうということになると、学校で勉強をするようなわけにはいかない。幸の場合、視力についてもそうだが、とくに問題なのは体力のなさで、どこかに勤務するというのは、かなり厳しいような気がした。

「いちおう、親が大学に行ってももいいって言ってくれてるから、進学希望にはしといたけど、たぶん将来は、家でできる仕事を役所で紹介してもらうことになるんだろうなあ」

 深刻さのかけらも感じさせない口調だった。とはいえ、その『家でできる仕事』とやらが、幸のほんとうにやりたいことであるとは、まったく思えなかった。

 ああ、もしも望んでくれるなら、僕は自分の人生をすべて、彼女を守るために捧げてもいいんだけどな。そうしたら、幸のやりたいことを、なんでもさせてあげられるのに。

「でも、アタシね。田舎のおばあちゃんといっしょに、家電紹介サイト運営してんだけど、そこの広告収入がけっこうなもんなんだよ」

 ……へ? 広告収入? 

「ほら、まえに公平に見てもらったやつ」

 そのサイトのことは、なんとなくおぼえている。

 幸の趣味は、家事全般である。とくに家電への造詣は深く、電器店のセールにはかならずでかけていき、なじみの店員から新製品の情報をおしえてもらうことを怠らないほどだ。

 昨年の二月だか三月に、幸から、祖母と共同で家電製品の紹介サイトを運営し、そうした情報をインターネットにあげるつもりだと聞かされた。そのときは、とくにどうとも思わなかったのだが、しばらくしてから問題が発生した。

 ひとくちにパソコンといっても、幸のそれは少々特殊である。物じたいはありふれたノートなのだが、持ち主の赤い瞳に負担をかけないよう、文字や背景色などの設定を、かなりカスタマイズしてあるのだ。

 ウェブページというものは、ただでさえ、ブラウザなどによっても表示がかわってしまうものである。まして、このように特殊な設定のパソコンだと、ほかの環境での見た目がおかしくなっていても、管理者が気がつかないのではないかという懸念がでてくる。

 そこで、サイト公開のまえに、もっと一般的な設定のパソコンで、ページの描画状況を検証することになった。それを、僕が引き受けたわけだ。

 ちなみに、確認そのものは、親や名目上の管理者である祖母がやってもよかったらしい。僕がやることになったのは、たんに当時、進級祝いでパソコンを買ってもらったばかりだったからである。

 あのとき、そういえば、広告をはって小遣いの足しにするとかいってたっけ。

「アタシさ。力も弱いし体力もないしで、家電の扱いやすさって、重要なんだわ。それで、自分でしらべてみて、感じたこととかサイトで発表してるんだけど、参考になったって言ってくれるひとがわりといんのよ」

 たしかに、幸にとってあつかいやすい製品なら、ほかの健康なひとにとってはなおさらだろうな。そういう視点からの商品情報は、貴重なのかもしれない。

「ま、そうはいっても、あくまでも副収入だけどね。税金とかだってあるし」

 ふむ、税金か。それは大変……うん? いや、ちょっとまて。月に千円とか二千円とかの話じゃないのか? もしかして、その広告収入って、月に数万円とかのレベル? 

「そんなに収入があるんですか?」

 聞きにくいことを、委員長があっさりと質問してくれた。さすがは小説家志望。いつも友人に取材しているだけのことはある。

「持ち家で車なしとかなら、ギリギリ最低限の生活はしていけるぐらいかな。サイト運営って、更新する時間も自由だし、家電は好きだから楽しいしで、専業でやっていけるなら一番なんだけどね」

 月に十万円以上レベルかよ! やれやれ、幸はすごいなあ。僕なんかより、ずっと生活力がある。

 だいたい、アルバイトもろくにやったことがないのに、すでにあるていどの収入があるひとをつかまえて、守りたいとか僕はアホか。まったく、自分がなさけないよ。

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