表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第二章 クッキーとイチゴパフェ
26/210

第二十六話 五月七日(月)昼休み 4

 幸とゴーが、ならんで教室にもどってきたのは、昼休みのおわる数分まえだった。

「あれぇ、公平、耀子ちゃんたちといっしょに食べてたん?」

「うん、そうだけど……。幸は、ゴーと?」

 はて? たしか、ゴーは徹子ちゃんと約束があるとかで、昼食もそちらでとっていたはずなのだが。

 もしかして、三人だけで集まっていたのだろうか? そのメンバーでの会合に、呼ばれなかったことなどいちどもないのに、ど、どうしたことだろう。

「いんやぁ? タケちゃんとは、すぐそこでばったり」

 すぐそこ……ああ、なるほど。たんに帰りがおなじタイミングになっただけか。仲間はずれにされたかと思って、一瞬あせったぜ。

 ――すると、突然、その場に男のふとい声がひびいた。

「聞いたよ、堤さん! みんなにお菓子くばったんだって? ねえ、おれのぶんある?」

 見ると、ゴーが堤さんに話しかけているところだった。

 どうやら、ゴーはクッキーをもらいそびれていたようである。黒田か、あるいはそれ以外のだれかに聞いて、いまさらおねだりにきたのだろう。

 しかし、いつもながら、物怖じしない男だと思った。僕など、さきほど堤さんに話しかけるとき、わりと緊張していたんだけどな。

「え……ええ? あの、その、ご、ごめんなしゃい。ぜんぶ配っちゃいました」

 堤さんがうろたえている。だが、べつに彼女のせいではない。教室にいなかったゴーが、不運だったというだけの話だ。

「惜しかったな、ゴー。堤さんのクッキーは、すごくおいしかったぞ」

 場をおさめようと、僕はゴーの背中をぽんとたたいた。

「あっ、コウ。てめ、ずるいぞ! ちくしょー! おれも食いたかったぜ!」

 ゴーがわめいた。まったく、騒がしいやつだな。

 苦笑しながら、僕はなにげなく堤さんのほうに視線をもどした。

 瞬間、息がとまりそうになった。

 震える肩。そして、固く組まれた両手。堤さんはうつむいて、目に涙をためている。

 これは、怯えているのだろうか? いま、ゴーが大声をだしたから? だけど、そんなことぐらいで? 

 状況がよく理解できず、たくさんの疑問符が、僕の頭のなかを跳ねまわっていた。

 ほどなく、僕以外のまわりにいた数名も、彼女の異変に気づいたようだった。幸と委員長が、すばやく堤さんの両隣に移動した。

「おい、おいったら」

 とりあえず、僕はゴーに注意をうながすことにした。

「なんだ、コウ? ……えっ」

 事態の変化を、こいつもようやく感じとったらしい。同時に、原因が自分であると悟ったのか、しまったというような表情をうかべた。

「その、なんつうか、残念だっただけでさ。文句をいってるとかじゃないから。……ごめん。ほんとうにごめん」

 掌をあわせ、ゴーが拝むようにして、堤さんに謝りはじめた。

 いっぽうの堤さんは、おぼつかない手つきでハンカチ――幸にわたされたものだ――を目元にあてていたが、やがて引きつったような笑みをうかべた。

「ちょっと……びっくりしちゃいました。ごめんなしゃい、平気です」

 ひどく、たよりなげな声だった。

「錦織くん、わたしのぶんがすこしあるから、これで我慢してくださいね」

 委員長がそういって、机のうえにあったクッキーの残りを、ゴーに手渡した。

「お、おう。サンキュー、委員長。じゃあ堤さん、よく味わっていただかせてもらうよ」

 ややおどけた感じで、ゴーが委員長と堤さんにお礼をいった。それで、ようやく、その場の雰囲気が柔らかなものにもどった。

「あの……。また、作ってきますから。そのときは、ちゃんと錦織さんにもあげますね」

 すまなそうに、堤さんがいった。だいぶ、彼女も落ちついてきたようだ。

「そんな、気をつかわなくていいからさ。ほんとうに、どうもありがとう」

 態度を真剣なものにあらためて、ゴーがいった。

 ちょうどそこで、昼休みの終了をつげるチャイムが鳴った。おのおの、軽く挨拶をして席にもどった。

 つぎの授業の準備をととのえながら、僕は堤さんのことを考えていた。

 さきほど、堤さんが泣いたのは、ゴーが怖かったからでまちがいないだろう。

 なにしろ、ゴーは体も声もおおきいのだ。背丈は僕よりすこし低いぐらいだが、重厚さというか、筋骨のたくましさがすごい。そういう男が、吼え声をあげていれば、威圧されたように感じてしまっても、いたしかたないのかもしれない。

 もちろん、あいつは女の子にはやさしいし、男の僕から見ても、友だちがいのあるいいやつである。しかし、転校してきたばかりの堤さんには、そんなことはわからないのだ。

 それにしても、堤さんはいかにもおとなの女といった感じの外見とは裏腹に、子供っぽい口調とふわふわした雰囲気で、どこかしら無防備なように見える。些細なことで、傷ついてしまうのかもしれない。

 こんご、できれば仲よくなっていきたいが、どんなふうに接したらいいのだろう。

 授業がはじまるまでのわずかなあいだ、僕はあれこれと思いをめぐらしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ