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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第二章 クッキーとイチゴパフェ
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第二十四話 五月七日(月)昼休み 2

 教室にもどると、自席で読書にふける委員長の姿があった。

 見た感じ、彼女の席のまわりには、おなじグループといえるような子はいなそうだった。ただ、寄せられた机のうえには、ふたりぶんの弁当箱がのっていた。おそらく、いつも委員長といっしょに昼食をとっている幸、それに堤さんのものだろう。

 もうひとつ、ちいさな紙包みのようなものも見えるが、なんなのかはよくわからなかった。

 こちらに気づくと、委員長は本を閉じて、手をふってくれた。

「ねえ、わたしたちとご飯たべませんか?」

「やあ、黒田から聞いたよ。僕でよければ喜んで。……ところで、ひとりみたいだけど?」

 ざっとあたりを見まわしてみたが、教室には、やはり幸も堤さんもいないようである。

「うさっちは、ほかのクラスの子とお昼の約束をしたそうですよ。ココちゃんも、いまはそちらのほうに。でも、すぐに帰ってくるんじゃないかしら」

 なんだ、幸はこないのか。なら、この弁当箱は、委員長本人のものと、あとで来るという堤さんのものかな。

 とりあえず、机のうえにパンを置き、近くの席から椅子を確保した。委員長のむかいに腰かけたところで、さきほど見かけた紙包みがひろげられていることに気づいた。

「廣井くんもどうぞ」

 クッキーだった。十枚か、それよりすこし多いぐらいの量がある。

「ココちゃんが、焼いたのを持ってきてくれたんです。連休のあいだに、いっぱい作ったからって」

 ほう、手作りの品か。そういえば、たしか堤さんの趣味は、料理とお菓子づくりだったような気がする。

 堤さんのクッキーを、僕はしげしげと眺めてみた。シンプルな外観ながら、ひび割れもなく、丁寧に焼きあげられているようだった。

「どれどれ」

 ひとつつまみあげ、口にはこんだ。

 さくり。

 ここちよい歯ごたえである。そして、喉から鼻の奥にかけて、濃厚なバターの香りがひろがっていく。甘さも上品で、食べやすかった。

「ふうん……。すごくおいしいね、これ」

 いいながら、ふたつめに手をのばしてみた。

 うむ、うまい。

「お店の味みたいだよね。……ところで、今日はパンですか?」

 委員長のその質問を皮切りに、たわいない世間話がはじまった。

 僕の母さんが旅行中であることや、いま現在、わが家に食事をつくれる人間がいないこと。そこから派生して、好きな食べ物などについてのことなど。クッキーをつまみながら、話がはずむ。

 しかし、おだやかな語らいがつづくなか、僕はべつのことを考えはじめていた。

 さきほどの、黒田との会話である。女子のおっぱいの、ふさわしいおおきさについて。

 彼女のそれは、制服のうえからでも、はっきりとわかりすぎるほどのふくらみだった。その迫力たるや超弩級、英語でいうとスーパー・ドレッドノート・クラスである。委員長は机のうえに両腕をのせ、胸をかかえるようにしてすわっていた。

 胸がおおきいと、重さで疲れたり、肩がこったりするらしいと聞いたことがある。もしかしたら、このような姿勢が楽なのかもしれない。女の子とは、いろいろと大変なものだなあ。

 ……ええと。

 違う。しまった。僕はアホか。なにをじっくり委員長の胸を観察しているのだ。失礼だろ。

 どぎまぎしつつ、あわてて目をそらすと、委員長はきょとんとしたような顔で小首をかしげた。

「どうしたんですか? ちょっと顔が赤いみたいだけど……」

 まさか、君の豊かな胸に見とれていましたなどとは、口が裂けてもいえない。

 だが、言いわけを考えているあいだにも、委員長は身を乗りだし、顔を近づけてきた。

「熱でもあるのかな?」

 机に両手をつき、胸をはさむような……って、うわあ。委員長、その姿勢はまずくありませんか。おっぱいのおおきさが、ものすごく強調されていて、なんというかもう。

 すっと、委員長は手をのばし、ちいさな掌を僕の額にあてた。ひんやりとしていて、気持ちよかった。

「あ、やっぱりすこし……なんちゃって。ふふ、だめですよ。変なことを考えちゃ」

「へ?」

 椅子に腰かけなおすと、委員長は眼鏡ごしのいたずらっぽい目で、こちらの顔をのぞきこんできた。

「わたしの胸、じいっと見てたでしょ? そういうのってすぐにわかるから、あんまり露骨にしちゃダメですよ」

 一瞬にして、耳まで熱くなった。どうやら、委員長はわかっていて、僕をからかっていたらしい。

「ごめんなさい……」

「いえいえ。……あ、でも、うさっちに言いつけちゃおうかな。廣井くんがわたしの乳を、やらしい目で見てたんですよーって」

 おどけたようにいって、委員長はくすくすと笑いだした。いっぽう僕はといえば、こんな場面でいきなり幸の名前をだされたため、狼狽してしまっていた。

「な、なんで幸に」

「好きなんでしょ? うさっちのこと」

 言葉が出なかった。

「見ていればわかりますよ。むこうもまんざらじゃないみたいだけど、まだつきあってないの?」

 つづけての質問に、僕はつかのま、説明しようかどうか迷った。

 ここ一ヶ月のあいだに、幸と委員長は、かなり仲よくなっていた。知りあってからの期間はみじかいものの、よほど気があうらしく、すでに親友といっていいような間柄である。

 黒田には言えなかったが、委員長になら、幸とのことを聞かせてもいいのかもしれない。

 そう思い、僕は周囲の人間に聞かれないように声をひそめ、ささやくようにいった。

「じつは、まえに告白して、ふられたんだ」

 すると、委員長はもとからおおきな目を、さらにおおきく見ひらいた。

「えっ! ちょ、そ、それ、ほんとう? いつ? なんで?」

 身を乗りだし、委員長が勢いこんで顔を寄せてきた。両腕にはさまれ、またしても胸のおおきさが強調……じゃない。僕はアホか。見るなというのに。

「先月……始業式の前日だよ。ほら、商店街の裏にある公園。あそこに幸を呼びだして」

 興味津々を体現するかのように、委員長は瞳をかがやかせている。なにかもう、ほとんど涙目に見えるほどで、頬もすっかり上気していた。いつもおっとり穏やかな彼女が、こんな表情をうかべるとは、すこし意外だった。

「……ちいさなころから、家族みたいにしていたからさ。幸は僕のことを、男というよりは、弟としてしか見てくれてないみたい。ごめん、つきあえないってきっぱりいわれたよ」

「そんなことになってたんだ……。その、おほん。残念でしたよね。でも、うさっちも、廣井くんのことは大切に思ってるみたいだし、そう気をおとさず」

 じつをいうと、とくに気落ちしてもいなかったりする。あれから一ヶ月ほどたっていて、失恋の痛手もすでに生々しさをうしなっていたし、なにより幸が、以前とまったくかわらずに接してくれているからだ。

「そのお話、もっとくわしく聞きたいなあ……。でも、ほら、ココちゃんが帰ってきたし、またあとで、続きをお願いしますね」

 注意をうながされて、指ししめされたほうに目をやると、すこし離れたところに、ちいさなひとだかりができているのが見えた。中心にいるのは、女子としては背の高い堤さんである。

 どうやら、堤さんは、みんなにクッキーをくばっているようだった。

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