第二十二話 四月九日(月)夜
ひとりになったあとも、僕はしばらくのあいだ、その場から動くことができなかった。
ふしぎな子だった。出会ったばかりなのに、いつのまにか、長い付き合いの友だちのようにうちとけていた。
幽霊少女、か。形としては、おかしなことに巻きこまれてしまったような気もするが、あすかを助けると決めた気持ちに迷いはない。
おもむろに、僕は自分の両頬を強く張った。そうして、ふんとちいさく声をあげ、気合を入れ直した。
それでようやく、ぼんやりとしていた頭がはっきりしてきたので、僕は公園を立ち去ることにした。
その日の夜である。
夕食をすませたあと、僕は自室で、幸に電話をかけることにした。
朝からいそがしい日だったが、彼女はまだ休んではいなかったようで、こころよく電話に応じてくれた。
僕が、嵐山にたのまれた作業の顛末を面白おかしくつたえると、幸も、転校生の堤さんを案内してあげたときの様子を教えてくれた。
なんでも、あのあとすぐに徹子ちゃんがあらわれ、有無をいわさずゴーを連行していったらしい。
安倍さんとは、かなり会話がはずんだとのことで、あたらしく親友になれそうな予感がしたという。また、堤さんについては、とてもすなおで、まるで人形のような印象を受けたそうだ。すこし、おとなしすぎるきらいがあり、そのせいで、放っておけない感じがするのだとか。
あんたも、堤さんとはいい友だちになれるかも。からかうような口調で、幸がそんなことをいった。
「ねえ、幸は……幽霊って信じる?」
会話がとぎれたとき、僕は思わずそうたずねてしまっていた。
「うん? ユーレイ? なんだぁ、藪から棒に?」
「あ、いや……。その、幽霊ってさびしいのかなと思って」
しまった、僕はアホか。あとの展開も考えていないのに、なんでいきなりわけのわからないことを口走っちゃうかなあ。
「さびしい? 幽霊が? なあ、どうしたん、いったい?」
不審げな声だった。まずいな、はやく取り繕わないと。
「いや、なんでもない。なんでもないよ。ははは」
ええい、なにをやっておるか。あわてるから、ますますおかしな言いまわしになってしまった。
受話器のむこうで、幸が沈黙している。
「あの、幸? ほんとうに、なんでもないから」
「もし、幽霊なんてのが、実際にいるんだったら」
こちらの言葉にかぶせるようにして、幸がいった。
「きっとさびしくはないと思う。だってさ、そしたらもし死んでも、好きなひとに会いにいけるもん。相手のほうだって、大切なひとが幽霊になって出てきてくれるんなら、うれしいっしょ?」
そう……なのかな。だけど、あすかはとてもさびしそうだった気がする。笑顔で隠してはいたが、あんなに強く、まるでなにかに怯えてしがみつくようにして、僕に抱きついてきた。
「でもさぁ、そんなつごうのいいことなんてないじゃん。アタシだって、そういうのに会ったことないし。だから、幽霊なんていないんだよ」
大切なひとの幽霊か……。あすかも、ほんとうは僕のところではなく、ほかのだれか、たとえば勉強を教えてくれていたというボーイフレンドに会いにいきたかったのだろうか。
もっとも、ずいぶんと決まりごと、制約が多そうだったから、会いたくてもあえないということなのかもしれない。
「なあ、もしかして、変なもんでも見たんかぁ? 今日は公平、朝から眠そうだったし、疲れてんじゃない? はやく寝たほうがいいぞぉ?」
幸から、小言をもらった。たしかに、つかれているのは事実である。
「うーん……。そうだね。じゃあ、今日はこの辺で。おやすみ」
「おやすみ。またあした」
電話を切った。それから、倒れこむようにしてベッドによこたわった。
あすか。ふと、名前をつぶやいてみた。
苗字はしらない。幸に似た雰囲気の、かわいい女の子。はじめて会った気がしなかった。幽霊でも幻覚でもいい。また来週。約束した。ほんとうに、つぎも会えるのかな。会えたとして、なにを話そう。
――思考が、徐々にとりとめのないものへとかわっていく。あすかとのやりとりを思いだしながら、僕はゆっくりと眠りの世界へと旅だっていった。
<第一章・了>