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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第九章後編 frozen bird 闇の少女
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第二百二話 九月十七日(月)夜

 ベンチに座ったまま、公園灯の明かりを眺めている。

 もう、あすかは帰ってしまった。まだ、来てから三十分も経っていないのに。普段にくらべると、ほんのわずかな時間である。

 先週、彼女がさっさと帰ってしまったのは、となりにこころがいたせいかと思っていたのだが、どうもあすかの口ぶりからすると、もとから事情があって、ここ最近はあまり長い時間こちらにいることができないらしい。

 いずれにしても、あのあとあすかとは、長居できないことに関するちょっとした説明をのぞくと、ほとんど会話らしい会話もできなかった。相手を抱きしめたまま、ただ時間を空費しただけである。

 去り際も、あすかは目をふせていて、僕の顔を見ようともしなかった。いちおう、また来週、とは言ってくれたが、彼女がほんとうに、つぎも会いたいと思ってくれているようには見えなかった。

 なにか根本的なところで、僕は判断をあやまっていたのかもしれない。もっとも、具体的にどこをまちがえたのかを知るためには、もうすこし時間が必要な気がした。

 来週、あすかと会うまでに、考え直しておかなければならないだろう。

 ……自分ひとりだけで、それを考えるわけか? 

 まさかね。僕は苦笑して、最初から答えの出ていた自問自答にかぶりをふった。

 おもむろに、僕は立ちあがった。そうしていったん屋根つき休憩所を出ると、わきにある植えこみから裏手に回り、公園のすみにあるわずかなスペースをうかがった。

 人影が、そこにあった。うつむきがちに、三角座りをしているだれかの姿。髪が長く、背の高い女。泣いているらしく、頬が濡れているのが、ここからでも見てとれる。

「こころ」

 声をかけると、彼女は弾かれたように顔をあげた。

 みるまに、恋人の表情がくずれていく。こころはすぐに立ち上がると、僕に駆け寄って飛びついてきた。

「あすかちゃん、あすかちゃんが」

 涙声で、うわごとのようになにかをつぶやいている。とっさにどう声をかけていいのかわからず、僕は相手の頭をなでまわすことしかできなかった。

 僕がこころの存在に気づいたのは、あすかが来る直前である。このあたりから、かすかな物音が聞こえてきたのだ。

 いうまでもなく、あすかは物理的な存在ではないので、僕とこころ以外には、実在を体感することはない。まして、物理的な音――音波など発生するはずもない。

 さらに、公園には関係者以外立ち入り禁止の結界とやらが張られているという話もある。だから、すぐにぴんときたのだ。

 もちろん、途中かなり突っこんだやりとりをしてしまったので、こころがどんなふうに感じたか、不安な面はあった。しかし、それはどうやら杞憂だったようである。とりあえず、彼女はあすかに同情しているようにしか見えない。

 とはいえ、心配なことは、ほかにもあった。

 しばらく恋人を慰めてから、ふたたび休憩所にもどった。席につくと、こころは泣き止みこそしてはいたが、考えに沈んでいる様子である。

 あることを、彼女に告げなければならない、と思った。

 それは、あすかの正体についての僕の憶測。そして、そこから導きだされる予想。これらをこころと話しあわないと、あのかわいそうな幽霊少女を助けることはできない気がする。

 だが、どうやって切り出そうか?

 正直なところ、迷いを感じていた。

 状況証拠がそろったとはいえ、確証はないのだ。根拠はあっても勘と大差ない。自分で納得するぶんにはともかく、きちんと他人に伝えられるのか。

 しかも、内容が内容なのだ。うかつな説明をしたら誤解され、こころをまた怒らせてしまうかもしれない。

「あの……」

 ふいに、こころが話しかけてきた。思案に夢中だったせいで、僕は返事をするのに数瞬の時間をようした。

「なに?」

「さっきから、考えてたんだけど……あすかちゃんって、いつ亡くなったの?」 

 じっと、こころが僕を見つめている。

「いつ……たしか、夏って言ってたかな。梅雨どきの、学校のある日だったはずだから、七月ぐらい」

 ううん、とちいさくうなり声をあげ、こころがむずかしい顔をした。

「じゃあ」

 二度、三度と瞬きをして、こころが言葉を溜めた。言うべきことを探しているという態である。僕はだまって、相手の発言を待った。

「えっとね、あすかちゃんって、いつ生まれ……」

 瞬間、どきりと心臓が跳ねた。

 その強烈な鼓動は、しかしけっして、不快な感覚から来たものではなかった。

 むしろ、僕はそのとき、ある種の感動をおぼえていたのだと思う。

 情報は、最低限のことしか伝えていない。今日きかれた会話も、ほんのさわりの部分だけだ。なのに、彼女は僕がさんざん考え、迷ったすえに得た結論まで、すでに到達してしまっている。

「そう……だね。いつだろう。僕にはまだわからないけど……」

 楽観的かもしれない。それでも僕は、たったこれだけのことで、確信を手に入れられたと感じた。こころとふたりで力をあわせていけば、あの子を、あすかを救ってあげられる。

「いまから、こころに話したいことがあるんだ。あすかについて、僕が考えていること。聞いてくれる?」

 こくりとうなずいて、こころが僕の手をとった。表情には、強い決意のようなものが見てとれる。

 あるいは、それは自覚と呼べる種類のものなのかもしれないと思った。

第九章はここまで。

のこりは第十章およびエピローグで7万文字前後、23話ていどを想定しています。

これから書き溜めと寝かせを行いますのでしばらくお待ちください。

遅筆をお詫びいたします。

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