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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第九章後編 frozen bird 闇の少女
207/210

第百九十九話 九月十七日(月)黄昏 1

 放課後である。

 所用があって、ホームルームが終了してからずっと、委員長とふたりで教室を出ていたのだが、戻ってきてみると、わが恋人は影も形もなかった。

 どうやら、とっくに帰宅してしまったらしい。こういうときにはいつも、待っていてくれていたんだけどなあ。帰るまでには、なんとか仲直りしておきたかったのに、果たせなかったとは。

 その代わり、にはまったくならないものの、居残りのクラスメイトたちのなかに、黒田の姿があった。聞けば委員長を待っていたそうで、あいつは僕の見ているまえで、彼女に堂々と『耀子』と話しかけ、いっしょに帰ろうといってそのまま手をとったのである。

 黒田の態度に、委員長は苦笑めいた表情をうかべ、こちらに向き直って『もう知ってるんだよね?』と確認してきた。僕は笑顔でうなずきをかえした。

 委員長は、恋人に置いてきぼりを食わされた僕に、気をつかってくれたようだった。すこし思案顔をしてのち、せっかくだし、三人で街に出て、夕方の時間をつぶそうか、との提案をしてくれたのである。そして意外なことに、黒田も乗り気な様子で、彼女の発言に賛同の意を示してきた。

 付き合いはじめたばかりで、イチャイチャしたいだろうに、ふたりきりでいることに、あまりガツガツしていない様子である。

 これはことによると、最近までそんなに接点がなかったようだから、まだ恋人同士という関係に慣れていなくて、ふたりだけだと間がもたない……とか? まさかね。

 ともあれ、僕は委員長の申し出を断ることにした。そこまで野暮なつもりもないのと、そもそもこちらにもやることがあったからだった。

 挨拶をしてふたりと別れると、僕はそのまま自席に腰をおろし、物思いにふけることにした。

 さきほどまで教室を出ていた用事というのは、委員会活動である。先週の文化祭・後夜祭について、生徒会や関連委員との会合がもうけられていたのだ。

 具体的には、会計報告をはじめ、各種トラブル等についての反省発表である。雰囲気はごく平穏なもので、生徒会長・鏡寺さんの司会のもと、大羽美鳩もふつうに書記活動をおこなっていた。

 会合の終盤には、サプライズコーナーへの言及もあった。全員のまえに大羽美鳩が出てきて、スピーチをはじめたのである。

 内容は、自分を気にかけてくれた生徒会の面々や、祝福してくれたひとたちにたいしてのお礼。後夜祭のひとときを、私物化するようなことになって申し訳ない、という謝罪めいた言葉もあった。

 名指しはされなかったが、それらのお礼と謝罪には、僕に向けられた部分が含まれていた気がする。自意識過剰ではなく、事情をしっていれば、容易にそう連想できるような言い回しをされたのだ。

 本人が自発的に反省したのか、鏡寺さんあたりが忠告したのかは知らない。ただ、原因となった感情的な含みがお互いさまだったとしても、実際に彼女がとった、立場にあるまじき不適切な言動と、こちらの対応を考えれば、相手からこういう一言があるのは、さすがに当然のことだろうと思う。

 とはいえ、それで気をよくしたり、逆にもっとはっきり謝罪しろというような怒りの感情は、まったく沸いてこなかった。

 よくも悪くも、ということでは、これはないだろう。かなしいかな、そもそもお礼や謝罪をされても、相手にまるで関心がわかないのだ。

 たとえば創作などでは、このようなぶつかりあいの展開をへて、都合よく友だちになれたり、フリーの男女だったら恋愛関係に発展することさえありそうだが、彼女とはそういう感じになりそうにない。

 お互いに、誤解やらそれにともなう態度の悪さやらがあって、話がこじれた。そんなほんの一行の文章で簡単に説明できるようなくだらない流れが、人間関係を固めてしまうこともある。

 つまるところ、最初からそりがあわなかった、とでも言ってしまえば、それで済んでしまうことかもしれない。いずれにしても、僕は裏にあった事情と自身の反省すべき点を自覚したいまでも、彼女――大羽さんにはどんな種類の好意や興味であれ、持つことはできそうになかった。

 よし、と僕は気合をいれなおし、席をたった。荷物を手にとり、教室を出た。

 もう時間である。憂鬱な作業をこなさなければならないが、それも巡りあわせだ。あるいは、ことによると義務か?

 玄関で靴を履き替え、校舎をあとにした。意地汚く、こころが校門で待っていてくれるのでは、という淡い期待をいだいていたのだが、さすがにそうは問屋がおろしてくれなかった。

 ぼんやりと歩きながら、頭のなかにあったのは、さきほどの思考のつづきだった。

 大羽さんとは、あまりといえばあまりにもくだらない理由で、悪い雰囲気になってしまっていた。それでも、しょせんは他人同士のことなので、仲が悪い状態であろうと、互いの領分をまもって立ち回ることができれば、軋轢を回避することはできる。

 不愉快な相手に攻撃をしかけたり、あるいは被害者意識から過剰な防衛や、さらに一歩すすんだ反撃をしてしまうことも、ないとは言えない。しかし、そんなのはどこにでもあることだ。

 こころに暴力をふるったキチ……狂人のような、度を越えた行為さえしなければ、人間が集団で生きていくうえで、ある程度はしかたないこととも言える。

 また、そういう残念な関係であっても、お礼や謝罪などの一般的な儀礼を通すことで、表面上、穏当につきあっていくことは、充分に可能なのだ。

 しかし、では肉親同士で仲が悪くなる場合はどうか。なぜそうなったかの原因については置いておくとして、結果として、家庭内の関係が崩壊してしまった場合。

 家族という相互に依存しあう関係において、きちんと冷静に互いの領分をまもることができるのか。できなければ、どうなってしまうのか。

 むしろ、完全な他人同士より、その相克は性質の悪いものになりはしないか。

 あれこれ考えているうちに、いつもの公園についた。

 夕焼けの色が濃い。先週に比べても、すこし遅めの時間帯である。あまり相手を待つ必要はないだろう。

 前回とおなじく、屋根つき休憩所のベンチに腰をおろすことにした。

 荷物を椅子に置き、テーブルに頬杖をついた。なんとなく、こころに弁当箱を返すのを忘れていたことを思い出した。今日はつくってもらえたが、そうなると、あすはいよいよパン食ということになるのかもしれない。

 脳裏にうかんだ恋人の顔が、ふいに待ち人のそれとかさなる。

 あすかのことを、僕は誤解していたのかもしれない。

 いままでいくどとなく、あすかという幽霊少女がなんなのか、考えてきた。本人の弁、自殺の懲罰のために、僕の恋愛を応援することで幸せにするのを目的に現れた、というのは、もう信用することができない。

 すべてが嘘なのか、いくらかでも真実が含まれていて、肝心なところだけをごまかしているのか、こまかい部分の判断はつかないとしても、彼女の説明が表むきのものでしかないことだけは、明白である。

 いや、そのあたりについては、ある程度は予想ができていたのだ。なぜなら、あすかは無関係の他人であるというには、あまりにも僕に親しみある態度をとっていたし、モノマネをしているのではと思わせるほど幸とおなじしゃべり方をしていた。

 なにより、こころと顔立ちが似ていたのだ。これで違和感を持つなというのは無理がある。

 ただ、純粋に彼女と会話をする楽しさや、本人が秘密にしたがっていることを詮索する罪悪感から、予断をもつことと、深く追求することに躊躇していた部分はあったと思う。それでも『あすかの正体はこころの秘密の異母妹』説をはじめ、現実性の有無はさておき、いくつかの仮説は考えていたのだが……。

「よりによって、この仮説かよ……」

 そうひとりごち、僕はため息をついた。

 重要なヒントは、いくつかあった。なかでもとりわけは、前々回の月曜日のものである。カップルコンテストについての話を、あすかとしたときのことだ。


 ――わかんないよぉ? たとえば、出場予定だったカップルが、直前で別れちゃうかもしれないじゃない。んで、人数がすくないからって、公平が代わりに出なくちゃならなくなるの。


 態度や表情から考えて、とくに注意ぶかい発言ではなかったと思う。おそらく、ほとんど無意識に漏らしてしまった言葉だったのだろう。

 このことを聞いた時点では、妄想がたくましい子だなあという感想をもっただけだった。だが、実際に、彼女のいう通りの流れでカップルコンテストに参加することになったいまとなっては、ちがう印象をいだかざるをえない。

 無理やり参加させられる、までであれば、ただの思いつきで済ませられる話である。しかし、その理由の部分まで『あたかも未来に起こることを知っていた』かのように完全に的中させるのは、偶然というにはできすぎている。

 まして、相手はあすかなのだ。通常の人間ではない。幽霊という、超常の存在である。

 そして、この状況証拠――まだ確証とはいえない――から導き出される結論は、僕をナーバスにさせずにはいなかった。

 本来なら『こんなSFのようなことが現実にありえるなんて』と、興奮をおぼえてしかるべき不可思議なできごと。なのに、僕ははっきりと『これが真相であって欲しくない、べつのことのほうがいい』と考えている。

 なぜなら、このことと自分自身の状況、さらにあすかが語ってきたいくつかの断片的な情報を組みあわせて浮かびあがってくるのは、想像するだに悲しく、いとわしい――。

 と、そこまで考えたところで、いきなり背後、休憩所わきにある植えこみの茂みから、がさりと音が聞こえてきた。さらに、毎週この時間の恒例である彼女の気配も感じた。

 来たか。反射的に、僕は音がしたほうに顔をむけた。

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