第百九十五話 九月十五日(土)夜
どさりと、ベッドに腰をおろした。
自室である。桐子さんとは、ファミレスの出口で別れた、と思う。そのあたりのことを、僕はあまりおぼえていなかった。いま部屋でこうしているが、どんなふうに、どの道を歩いて家に帰ったのかもよくわからない。
ただ、別れ際に送ろうかといわれて、断った記憶はある。しばらく自分ひとりでいたい。そう返事をした気がする。
ふたたび立ち上がると、僕は自分の額を二度ほどこづいた。
ぼんやりと考えごとをしながら、部屋のなかを歩きまわった。せっかくの申し出を断ったのは、もしかしたら失礼だったかもしれない。あとで謝ったほうがいいかもしれない。しかし、こんなことぐらいで、おおげさでは? むしろ、世代が違うとはいえ男なのだから、僕のほうが桐子さんを送るべきだったのでは?
思考がまとまらなかった。ひたすら、部屋のなかをぐるぐると回っていく。
机のわきに置いておいたクズ籠が、足首に当たって倒れた。
さいわい、中身は取り替えたばかりだったので、ゴミがあたりに散らばることはなかった。だが、それをきっかけにしたように、僕のなかでなにかが暴れはじめた。カッとするものが、ぶんという聞こえない音とともに、首のよこから耳のあたりを走りぬけていく。
「うぜえ」
僕はクズ籠を蹴りつけた。
ところが、足の当たったポイントが中心からずれていたためか、クズ籠はびっくりするほど軽い蹴りごたえとともに、回転しながら二メートルほど転がっただけだった。
「この」
ふりかえると、こんどは目に入った枕を殴りつけた。
はじめ右拳で。つぎに左拳で。それからベッドのうえにのぼると、両拳を組んで力いっぱい叩きつけた。
「糞が。糞が。糞が、ざけんなあっ!」
会ったこともないだれか――幼児虐待の糞野郎どもを罵倒しながら、僕は枕を殴りつづけた。
いまから十二年まえ、桐子さんは、ちがう県で商社に勤めていた。夫は単身赴任で二ノ宮市におり、自身もまた仕事をしていたため、まだ幼い娘の面倒をみるのは彼女の母親、こころにとっては祖母の仕事だった。
やがて、その祖母が亡くなってしまった。
桐子さんは、当然のように、仕事を辞める決心をしたのだという。ただ、祖母の死がふいの急病が原因だったこともあり、進行中の、どうしてもはずせないものが残ってしまっていた。立場もあり、退職するにしても、それだけは済ませなければならないという状況におちいってしまった。
だから、桐子さんは娘をあずける場所を探すことにした。それほどの期間ではない。なにごともなければ、長く見積もっても数週間ですべてがおわり、彼女は家庭に入ってこころを守ることができたはずだ。
電話がかかってきたのは、そんなときだった。
かけてきたのは、女である。学生時代の遊び仲間のひとりだったそいつは、当時の桐子さんにとっては過去になりつつある人間だった。ほかの似たような立場の友人たちと同様、ときどき思い出したように連絡が来る。時間があるときには長話につきあわされ、生活の愚痴や男の自慢を聞かされる。数年以上もあっていない。そんな相手だった。
そいつは桐子さんの母親が亡くなったことを知り、現在、娘をあずける先をさがしていると聞くと、自分のところに連れてくればいいと申し出てきた。
自分はいま、勤めには出ていないから、時間がある。そういう際には友だちを頼れ。力強く言い切るその女を、桐子さんは学生のころからの気安さもあり、信用することにした。
女がこころを迎えにきたのは、二日ごの朝だった。まえに会ったときよりもかなり肥っており、くたびれたジャージを身に着けていた。どこかみすぼらしい雰囲気を感じたのが気になったが、出勤の時間が近づいていた桐子さんは、深く考えることもなく、娘を相手に託した。
出掛けに『いい子にするのよ、ご迷惑をおかけしないように』と言い含めると、こころは笑顔で返事をしたという。
その日の夜、帰宅した彼女は、まっさきに相手の家に電話をかけた。女は、娘はもう寝たと返事をした。時間が遅かったこともあり、納得して、桐子さんも休むことにした。
翌朝、電話をかけた際にも、娘はまだ眠っているという返事しか来なかった。その日は帰宅が午前になったため、夜に連絡をとることはできなかった。
さらに翌日、こんどは昼休み中に電話をかけてみた。相手は受話器をとらなかった。外食に出たのかもしれない。かすかに生まれつつあった不審感を振り払うように、桐子さんはそう思おうとした。
三日めの夜、桐子さんはどうしてもこころの声が聞きたくなり、起こしてきてくれないかと頼んだ。女は『せっかく寝たのに、夜中に騒いだらどうする。いま面倒を見ているのは私だ。負担をかけるな』と強い口調で拒絶してきた。
娘は夜中に騒いだりしない。そう反論したかったが、できなかった。子供を預かってもらっているという負い目が、桐子さんを弱くしていた。
ようやく連絡が来たのは、あずけてから四日ごの夕方だった。桐子さんは、すぐには状況が飲みこめなかったという。知らない男の声で『娘さんを保護しました』と言われたのだ。
男は警察の人間で、桐子さんはとるものもとりあえず、こころが搬送されたという病院へとむかった。
そこからさき、おもに入院していた期間の細かいできごとことについてを、桐子さんはあまりくわしく語ろうとはしなかった。当時のこころの状態を『変わり果てた』と形容しただけである。
枕を殴るのをやめ、ベッドに座りなおした。拳が震えてどうにもならない。数回、ベッドのはしに腕を振り回すようにして叩きつけたが、それでもおさまらなかった。
「五歳だぞ」
額に片手の掌を押しつけると、僕はそのまま髪をかきむしった。
「身長なんか、腰のあたりまでしかないってのに。そんな子供をなんで、あ、頭の骨が折れるほど殴れるっていうんだ」
全身の数十箇所におよぶ打撲傷、擦過傷、重度および軽度の熱傷、数箇所の骨折、脳をふくむ複数の臓器から出血――精密検査の結果判明した、こころが虐待によって受けた外傷の全容である。
自宅を出てから、近所のひとの通報で保護を受けるまで、いちども食事すら与えてもらえなかった。生きているのがふしぎなぐらいに衰弱しきっていた。報道時に使われた言葉は重体。こころは『暴行傷害事件』の被害者ではない。『殺人未遂事件』の被害者だったのだ。
「キチガイが、死ね」
枕を壁に投げつけ、ベッドの外枠の鉄棒部分に拳骨を打ちつけた。強い痛みが走り、ようやくものを殴りたい衝動は収まったが、それでも頭にのぼった血は抜けそうもなかった。
「死ね、死んじまえ。なんでだ。なんでオレの、オレのこころがそんな目に」
だれにとっても、幼児虐待たちにとっても幸運なことに、こころは一命をとりとめることができた。だから、肉体に暴力を振るった男はあくまでも殺人未遂として、十年に満たない懲役刑にとどまり、女のほうは器物損壊の罪に問われただけだ。
こんなひどいことをするとは思わなかった。それが女の供述である。
日常的に、同棲中の恋人に暴力を振るわれていた。家にちいさな子供がいればおさまるかもしれないと思った。警察に語った、女がこころを預かることを申し出た動機がこれだ。
DV野郎から身を守るために、その腐れアマは五歳の幼児を生贄に差し出したのである。
ブチブチと、まぶたの裏から聞こえてきたような気がして堪らなくなり、足で床を思いきり踏みつけた。部屋にドンという鈍い音がひびいた。
「こーちゃんっ? なにやってるの」
とたんに、階下から母さんの驚いたような声が飛んできた。
うるせえ、クソババア!
すんでのところで、そう怒鳴り返すところだった。しかし、なんとか自分をおさえると、僕は極力冷静に声を出した。
「ゴキブリが出たんだよ!」
言ってから、自分が案外にうまい返しをしたことに気づいて笑いたくなった。
ああ、そうだ。ゴキブリだよ。
子供に暴力を振るうやつは人間じゃない。ゴキブリで充分じゃないか。
こころはだれか、人間に酷いことをされたんじゃない。気持ち悪くて不潔なゴキブリに出会い、たまたま触られてしまっただけだ。相手を信じた桐子さんにも、いっさいの非はない。ただ、運が悪かっただけなんだ。
こちらの返事に納得したのか、母さんからそれ以上の追及はなかった。なんとなく、僕は声をあげて笑おうとした。ヒヒッという不快な響きが口からもれただけだった。
なぜか、目が痛い。
視界が赤く染まっている。怒りの比喩表現ではない。ほんとうに色がついているのだ。
変だと思い、腕で目のあたりをぬぐってみると、手首から肘にかけて、線のように赤い液体が付着していた。
ティッシュで腕と目のふちを拭きとり、クズ籠を直して赤く染まったものを捨てた。ベッドに座りなおすと、それからはもう、怒る気にはならなくなった。ゴキブリに腹を立てる人間さまはいない。あんなのは道端で踏み潰され、そのまま動けずに餓死した挙句、カラスに屍をついばまれるのがお似合いのくだらないものだ。そいつらがいまどうしているか知らないが、そのままこの世に存在していたことも忘れ去られてしまえばいい程度の生ゴミである。
それに、これはもう十二年もまえに終わったことではないか。
事件のあと、桐子さんはすぐに会社を辞め、娘の介護に専念した。不幸中のさいわいというべきか、こころには火傷あとのほかは後遺症もなく、半年足らずの入院で肉体的には回復した。ただ、精神的なダメージから立ち直るのには予想以上の時間がかかり、以前のように笑ったり泣いたりするようになれるのに、まる一年かかった。
事実上、こころが笑顔を取りもどしたのは、小学校に入学したあとである。以前、アルバムを見せてもらったときに印象にのこっていた、あの無機質で人形のように見えた写真は、彼女が感情をうしなっていた時期に撮られたもののようだ。
写真の量と、本人が『親はふたりとも仕事がいそがしい』と強調していたために、僕は誤解していた部分があったと思う。実際には、この当時、すくなくとも桐子さんはこころのそばにいて、きちんと娘を守っていたのである。
考えてみれば、スーパーでの食品の目利きも、料理や家事の手際も、だれかが教えなければ、子供がひとりで覚えられるようなものであるはずがない。桐子さんが現在の仕事について、日々をいそがしく働くようになったのは、そうしたことをすべて乗り越えたと言っていい時期、こころが小学校高学年ちかくになってからである。
運と人脈があって、と桐子さんは説明した。しかしこれも、彼女が自分勝手に再就職を決めたわけではなかった。夫はもとより、娘にも相談して、家族全員の後押しを受けてのことである。こころは僕にたいしてこそ『親が守ってくれなかった』と口にしたが、本人なりにきちんと父母に情愛をもっていて、家族のなかでの自分の役割を果たそうとしていたのだろう。そとからのイメージだけで、家庭に問題があるというのは、偏った見方だったと思う。
のろのろと立ちあがると、僕は階下に降りることにした。シャワーを浴びるためである。
ぜんぶ、とっくの昔に終わったことだ。あらためて、そう思った。
あすになれば、元気なこころに会える。古傷などものともせずにすくすくと成長して、ふとした運命のいたずらから僕のところに来てくれた、最高の女。
会ったら、場所がどこだろうが他人の目があろうが関係なく抱きしめて、愛しているとささやくんだ。
――胸の奥、針のようにささっている『ある懸念』については、なるべく考えないようにした。シャワーのあとは、机にむかい、教科書と参考書を開いてみた。いちおう、深夜近くまでペンを動かす努力をしてみたものの、しょせんは現実逃避のたぐいである。残念ながら、ほとんど身が入らなかった。