表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第一章 転校生と幽霊
20/210

第二十話 四月九日(月)黄昏 2

「ご、ごめん、ちょっと、は、はなれてもらえないかな」

 相手の気分を害さないよう、遠慮がちにいってみた。

 見ずしらずとはいえ、女の子に抱きつかれるのは、けっして嫌なものではないはずである。しかし、この子の場合は、すこし違っていた。

 とにかく、寒いのである。体温が異常に低いのもそうなのだが、ともすると、こちらの熱がうばいとられていくような、そんなうす気味の悪い感覚があった。

「……うへぇ。せっかくこっちが勇気をだしてるってのに、この男ときたら」

 抱きつく力の強さにも、僕はとまどっていた。

 いちおう、幸にはときどき抱きつかれたりすることがある。だが、それはじゃれつかれているというていどのもので、女の子から、これほど熱烈な抱擁を受けたのは、はじめてのことだった。

 ふいに、すっと力がぬけ、あすかが僕からはなれた。

 うしろ手を組んで、彼女はほほえみをうかべている。さきほどの、悲しい瞳が嘘だったかのような表情である。

 街灯が、スポットライトのように、あすかを照らしていた。

 色白な子だ。なんとなく、僕はそう思った。

「で、君はなんなの?」

「アタシ、ユーレイ」

 あすかがいった。僕はぽかんと口をあけてしまった。

 優麗、じゃないよな。かわいらしい顔をしてはいるけど。ユーレイっていうと、あれか? 幽霊……え? それって、ヒュードロドロとあらわれて、足がなくて、……いや、ある。この子には、ちゃんと足があるじゃないか。

 ふむ、裸足だ。靴も靴下もはいていない。

 まて、ちがう。考えるべきポイントはそこではない。ええと、まずは落ちついて、状況を整理しよう。あすか本人は、自分を幽霊だといっているが、べつに透けたりはしておらず、ちゃんと抱きしめた感触があった。にもかかわらず、体はひどく冷たかった。そう、あれはたしかに生きている人間の温度では……。

 そのとき、ふと、僕は自分の膝が笑っていることに気づいた。

 理性ではなく、体のほうがさきに、目のまえの女の子が人間ではないことを理解してしまったらしい。

 震えが、全身にひろがりはじめた。

 こわい。

 どうしてそう感じるのか、いまいち判然としないままに、僕は怯えていた。

「あっ、そんなに怖がらないで。アタシ、べつにあんたに取り憑いてどうこうしようってわけじゃないから」

 あわてたように、あすかがいった。だが、すぐに小首をかしげてつけくわえた。

「ん? 取り憑くのは取り憑くのか……。でも、だからって悪いことはしないよ。これ、ホント」

 くだけた口調である。どうも、彼女の喋りかた、あるいは雰囲気が、幸に似ている気がする。

 そう思ったら、ほんのすこしではあるが、恐怖感が薄らいできた。あるいは、心の余裕を取りもどせたというべきか。

 いずれにせよ、幽霊といわれて、すぐに『ハイそうですか』とは受け入れられない。それに、正体みたり枯れ尾花という言葉もある。恐怖を克服するには、対象を理解することが一番だ。

 そこで、僕は相手に、詳細をたずねてみることにした。

「ほほ、ほんとうに幽霊? たしかに、体はものすごく冷たかったけど」

 声が裏返ってしまった。うわ、みっともねえ。僕は心の中で自分に毒づいた。

「冷たい? ……ああ、そっか。なるほどね」

 はて? いったいなにがなるほどなんだろう。あすかは得心いったとでもいうように、ひとりでしきりとうなずいている。

「あのさ、アタシ、こっちの世界の物理的な存在じゃないんだわ。公平の脳に直接はたらきかけて、姿を見せてるし感じさせてるの」

 と思ったら、彼女はこんどはぴんと人差し指を立てて、いかにも『解説しよう』という感じで事情の説明をしてくれた。

「いま、公平がアタシの体を冷たいって思ったのは、たぶんあんたの脳が、人間の死体を冷たいもんだと認識しちゃってるからだね」

 ふうん、脳に直接ねえ。

「えっと、それって、僕が幻覚を見ているってこと?」

「そんなとこ。だから、アタシと話すときは、おおきな声はださないほうがいいよ。ほかのひとには、あんたがひとりごとを言ってるようにしか見えないから」

 つまりなにか? 僕はいま、はた目には街灯にむかって話しかけている状態だと?

「念のために聞いておくけど、霊能者とかにも見えない?」

「霊能者ぁ? そんなのインチキだよ。信じちゃダメ。アタシの姿が見えるのは、公平だけなんだから」

 腰に手をあて、あすかが胸をそらした。俗にいうふんぞりかえるのポーズ。えっへんとでもいいそうな感じの態度だが、どこがどうえっへんなのか、よくわからなかった。

「精神科にいって、治療を受けることにするよ」

「ちょ、公平は病気とちがう! 治療するなぁ! ……マジで、話を聞いてよぉ。頼みがあんだからさあ」

 話を聞けって、よくいうよ。こっちが苗字を質問しても答えてくれなかったくせに。

 ――つい、苦笑をうかべかけ、そこで気づいた。あすかと、ごくふつうに話せている。というより、怖いという感覚が、急速に希薄になりつつあった。

 本人の、親しげで飾りけのない態度にくわえ、会話のノリがつかめたからかもしれない。親近感がわくというか、みょうに喋りやすいのである。

 それにしても、頼みときたか。幽霊とはいえ、相手は女の子であるし、生き血を吸わせろとか、そんなたぐいのことでもなければ、聞いてあげてもよさそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ