表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第九章後編 frozen bird 闇の少女
195/210

第百八十七話 九月十四日(金)朝

 明けて翌朝、目が覚めてすぐに、僕は全身を軽い違和感がおおっていることに気づいた。

 いわゆるひとつの、筋肉痛というやつである。その事実は僕に、原因となるできごとについて、思いをはせさせずにはいなかった。

 やれやれ。日ごろから鍛錬はしているつもりだったんだけどな。まあ、緊張なども当然あったわけだし、たぶん無意識に、おかしな力の入れかたをしてしまっていたのだろう。

 いずれにしても、いまは平日の朝である。時間は待ってはくれないのだ。僕はいきおいをつけてベッドから起きあがると、そのまま身支度をはじめることにした。

 ところが、だった。

 寝巻きから部屋着に着替えをしているうちに、こんどは漠然とした不安がわきあがってきた。

 昨夜、堤家をあとにする時点で、こころはかなり消耗していたように見えた。それでなくても、こういうことは女のほうが負担がおおきい気がする。もしかしたら、けさになって体調を崩してしまった可能性もあるのではないか。

 あわてて、机のうえの携帯電話を手にとってみた。べつに、いまから連絡をとろうというのではない。ただ『熱が出たので今日は休みます』といった内容のメールでも来ているかもしれないと思ったのだ。

 着信の履歴はなかった。どうにも気分が落ちつかず、ため息がこぼれてしまった。

 さしあたり、なにかできることがあるわけでもないので、僕はさっさと準備をおわらせると、茶の間にむかうことにした。

 なにげないふうをよそおいつつ朝食をたいらげ、玄関をあとにする。待ちあわせ場所のコンビニには、すでにわが愛すべき幼なじみの面々が集結していた。

 みんな、ふだんとなんら変わるところはない。あるいは自分の様子だけは、周囲からつねと違って見えているのではないか。そんな考えが浮かばないでもなかったが、あまり気にしないよう努めた。

 たとえばゴーは、おそらくはもう蛍子さんと経験済みだろうと思われる。なかば冗談めかした言いかたながら、そうほのめかされたこともあるからだ。

 しかし、では具体的に、それがいつごろのことだったかまでは知らない。本人が明言しないかぎりわかりようもないことだし、そもそもあいつは『武勇伝』のたぐいを自慢げに吹聴してまわるタイプでもないのだ。

 徹子ちゃんが義兄に告白していたことや、黒田が委員長に惚れていたことも同様である。説明されたり、現場を目撃したりしていなければ、軽い違和感をおぼえることはあったとしても、はっきりそれと気づくことはなかっただろう。

 よくも悪くも、ひとは他人のことを、そこまで注意ぶかくは見ていないものだ。根拠もなく、原因を推測できるものではない。少々の挙動不審ぐらいで、昨夜のことを気取られる心配をする必要はないはずだ。僕はそう自分に言い聞かせた。

 だが、そろそろ学校という段になって、こんどはなぜか、心臓が早鐘を打ちはじめた。

 いや、なぜということはないか。理由は明白である。そこで、こころが待っているからだ。しかし、恋人とはいえ、毎日あっている相手でもある。

 いっしょにいるときに、ふとしたきっかけでときめきを感じることはあるが、こんな時間、場所でというのはめずらしい。

 さらにいえば、いまのこの胸の高鳴りかた自体も、そういったときめきとはまるで異質なものであるように思える。

 ただし、まったく経験したことのないものでもない気がした。ほかのときに、似たようなものを感じたことがあったかもしれない。もっとも、それがいつのことなのかまではわからなかった。

 校門のまえ、いつもの場所で、こころが鞄を胸にかかえるようにして佇んでいるのが見えた。とたんに、昨夜の彼女の嬌態が脳裏にちらつきかけ、僕は必死で思考をそらす努力をした。

 もし、この場でそんなことを思い出してしまったら、相手の顔をまともに見られなくなると、僕は確信していた。

「ココ、おはよ」

 幸が、こころに声をかけた。ゴーや徹子ちゃんも、それぞれ挨拶の言葉を口にしている。順当に、僕の番がめぐってきた。

「やあ、おはよう、こころ」

 口から、よどみなく朝の挨拶がこぼれでた。意外にも、僕は平静にことを運べているようだ。相手にも、とりたてて動揺は見られず、普通に『おはよう』の言葉を返してきただけである。

 心臓の鼓動が、早くも落ち着きを取り戻しつつあった。彼女に挨拶した瞬間から、そうなりはじめたのだ。

 というか、よくよく考えてみれば、僕はなにを硬くなってしまっていたのだろう。たかがおはようの挨拶ではないか。はじめて愛を告白した、あの花火大会の夜でもあるまいに。

 すでに、こころは集団登校の輪のなかに溶けこんでいる。内心に、得体のしれない安堵をかかえながら、僕は恋人に話しかけた。

「あの、さ。体の調子はどう? どこか、つらかったりしない?」

 当然のことながら、周囲に聞かれないように注意して、小声である。見た感じ、彼女はとりたてて具合が悪いわけでもなさそうではあったが、念のためだ。

 こちらの質問に、こころはほんのつかのま、きょとんとしたように小首をかしげた。しかし、すぐにすっと目を細め、悪戯っぽいというにはいささか妖艶にすぎる笑みをうかべた。そうして僕の耳元にくちびるを寄せると、そっとささやいた。

「……まだ、なかに入ってるみたい」

 僕がかつてないほど赤面し、そのために場のメンバーたちからふしぎがられたのは言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ