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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第九章前編 broken heart 少女の闇
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第百七十八話 九月十三日(木)夕方 1

 三日たって、木曜の夕方である。学校の放課後、僕はこころとともに商店街をおとずれていた。

 用向き自体は、いつもの堤家で消費する食料品および日用品の買出しであるが、もうひとつ、違うこともあった。週末の集まりについてである。こころが、ゴーの誕生日になにか贈ってやりたいというのだ。

 ちなみに、セレモニーとして、僕たちがバースデイプレゼントを交換していたのは、中一のときが最後である。付き合いが長いせいで、もはやイベントそのものはただの遊び会の延長に変質してしまっているのだ。

 もちろん、僕が幸にとか、徹子ちゃんがゴーにというふうに、個人的に含みがある場合は、それ以降にも贈る例もあったが、いずれも誕生会とは関係なく、一対一での話になる。

 こういうのは、義務的になるとわずらわしさが出てしまううえに、いまさら自分がゴーにプレゼントするというのも変な感じがするので、僕自身は、とくになにか用意するつもりはない。

 とはいえ、こころは僕たちの仲間になってから、最初の誕生日イベントを迎えることになる。なにごとも、はじめてというのは記念になることであるし、本人が贈り物をしたいというのであれば、止める理由はなかった。

「あんまりおおげさでなくてもいいよね、こーへいしゃん」

「実用的なものがいいんじゃない? タオルとかだったら部活でも使えるし。誕生日が冬だったら、マフラーや手袋みたいなものでもいいんだろうけど」

 なお、バッティングを懸念して、出掛けに徹子ちゃんに電話で確認しておいたところ、彼女は、今年のゴーの誕生日にはなにも贈らないつもりだといっていた。理由をたずねる気にはならなかったので、僕は相槌を打つだけにとどめた。

 なにも変わらないように見えても、人間関係とは、少しずつ変化していっているものである。僕も、今年の幸の誕生日に、贈り物はしないつもりでいる。

 いつか、こういう微妙なものを気にしなくてもよくなったころに、もしも習慣を再開できるようになるのであれば、それはきっと幸福なことなのだろうと思った。

 結局、プレゼントはスポーツ用のタオルを選ぶことに決めた。値段も手ごろだし、枚数があって困るものでもない。

 蛍子さんが似たようなものを贈る可能性はあったが、さすがに、そこまでは気にしてもしかたないだろう。僕もこころも、相手の個人的な連絡先を知らないし、職場はわかるものの、こんな用件でわざわざ呼び出すわけにもいかない。

 さて、スポーツ用品店をあとに、つぎの買い物をするべく商店街を進んでいると、通りのむこうから女性の元気のいい声が聞こえてきた。

「カフェ・ジョルノぉ、カップル応援イベント開催中でぇす! どうぞ、寄っていってくださぁい!」

 見ると、ジョルノの従業員とおぼしき制服を着こんだ女性がふたり、道で客引きをしているところだった。ひとりは右手にプラスチック・メガホン、左手に小型の看板をもって声を張り上げており、もうひとりのほうは合いの手をうつように鉦を鳴らしている。

「あのひとたち、ジョルノのあたらしい店員さんだよ」

 こころが、僕の耳元にくちびるを寄せてささやいた。

「ああ、そういえば店長がかわったんだっけ? へえ、ここってこういうイベントをやるようになったのか」

 予想外な恋人の顔の近さにどぎまぎしつつ、それでも平静をよそおって返事をすると、こころはふにゃりと笑ってうなずいた。

 日曜のカップルコンテストが原因か、あるいは月曜にあすかから嫌な態度をとられた反動なのか、いまいち判断に迷うところながら、彼女はこの数日で、僕にそれまで以上の強い愛情を向けてくれるようになっていた。

 いっしょに歩く際は、よほど状況が許さない場合のほかは、恋人つなぎで手を握るのがあたりまえだし、背の高い体をいっぱいにつかって、抱きつくようにして腕を組んできたりもする。

 嬉しいかと問われれば、たしかにそうなのだが、やりにくいところもあった。まず、歩きづらいのである。そしてこの、こちらの腕を挟みこむようにして、押しつけられてくるふたつの感触。これだけは、どうにも慣れようがなかった。

「おおっ、そこのおふたりさん、ラブラブだねぇ~。いまならカップルチャレンジで、ドリンク大サイズを飲みきれたら参加費無料なうえ、お料理全品半額だよ!」

 いきなり、メガホン装備の店員さんから声をかけられた。

「チャレンジ? それってあの、カップルドリンクのこと?」

 くだんの店員さんがかかえている看板には『カップルチャレンジ』という文言と、ブランデーグラスに、いわゆるハートストローをさしたイラストが描かれている。僕はこころと顔を見あわせた。

 正直なところ、興味を感じた。デートで恋人とイチャつける機会があるのなら、素直に楽しみたいと思うし、カップルドリンクそのものも、一度はやってみたいことだったのだ。

 とくに、後夜祭のコンテストにおいて、優勝セレモニーのひとつが、まさにカップルドリンクをふたりで飲むことだったのである。

 リベンジ。僕の脳裏をその言葉がよぎるなか、こころが、どこかうっとりした様子でいった。

「ラブラブだって。ねえ、こーへいしゃん、ラブラブって」

「ええ、ええ。おふたりさん、とってもラブラブですよぉ、コンチクショー。さぁさ、二名さま、ごあんなーい」

 やにわに、メガホンの女性が僕たちの背中を押しはじめた。ぐいぐいと、なかなか力がつよい。かなり強引な店員さんのようである。

 やれやれ。まあ、こころもその気になっているようだから、ちょっと早めではあるが、ここで夕食をとっていくのもいいか。このところ、ジョルノには足を運んでいなかったし、小遣いにはあるていど余裕もある。

 押されるにまかせ、僕たちはふたりならんでジョルノの入り口をくぐった。なかから男性従業員が出てきたので、カップルチャレンジ希望と伝えると、彼は『かしこまりました』と言って、いったんこちらを席まで案内したあと、すぐに奥へと取って返していった。

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