第十八話 四月九日(月)午後 3
クラスメイト全員が席についてまもなく、がらりと音がして、教室の引き戸が開けはなたれた。二年二組の担任にして生活指導主任、嵐山誠太郎の登場だった。
いかつい名前と肩書きだが、外見は小太りのお父さんといった感じである。気さくな感じがして、話しやすいのだ。僕にとっては、昨年うけもたれていたこともあり、おなじみの中年英語教師だった。
だが、あらわれたのは嵐山だけではなかった。そのことに気づいた瞬間、僕は手にもっていたシャープ・ペンシルを取りおとした。にわかに、クラス全体がさわがしくなった。
嵐山のあとから、なんと、あのゴスロリ美少女が教室にはいってきたのである。どうやら、彼女はうちのクラスだったらしい。
ざわつく教室をしずめ、嵐山は手はじめに、自己紹介および新年度の抱負を語りはじめた。しかし、僕にとっては、もはやそれどころではなかった。
「では、いまからみんなにも自己紹介をしてもらうわけだが……。そうだな、最初は転校生からにしておこうか。堤」
うながされ、ようやく彼女――堤さんがまえにでてきた。
近くで見ると、ますますもって美人である。端正な顔だちをしているのに、どこか雰囲気がやわらかい。目は切れ長だったが、あまり細いとか鋭いとかは思わなかった。逆に、眉尻がすこしさがっているので、ちょっと困ったような笑顔にも見える。
そう、笑顔だ。堤さんは、柔和なほほえみをうかべている。そのためか、どちらかといえば、男装が似あうといってもよさそうなほどの凛々しい顔の造形なのに、ふしぎなほど親しみやすく感じられた。
ぺこりと、堤さんがお辞儀をした。じつに優雅で、まろやかなしぐさである。まるでモデルのようだと僕は思った。
「みなさん、こんにちは。堤こころといいます。三ノ杜学園にきたばかりでまだ慣れていませんが、どうぞよろしくお願いします」
ふにゃりと口元をゆるませ、堤さんがいった。
へえ、見た目とちがって、ずいぶんと甘ったるくてふわふわした喋りかたをするひとだな。それに、なんだかやけに発音が舌ったらずだぞ。
顎のところに左手の人差し指をあて、堤さんは考えながらという感じで、自己紹介をつづけた。
「あの……。こころの好きな食べ物は、イチゴのショートケーキです。趣味は、お料理とか、お菓子を作ること。勉強で得意とか不得意とかはありませんが、運動神経がよくないので、体育は苦手です」
ほう、自分を名前でよぶひとなのか。ちいさな子ならともかく、同年代でそういうのを見たのははじめてだ。かわいいからいいけど、外見とのギャップがはなはだしいな。
つづいて、嵐山の号令のもと、質問タイムにはいった。たちまち、クラスメイトから声があがった。
「はーい、好きな男のタイプを教えてください!」
ゴーだった。そういう質問をしそうだとは思っていたが、ほんとうにしやがったよ、こいつ。
「好きな男のひとですか? そうですね……。こころは、守ってくれるような、やさしいひとがいいです」
不躾な質問にもかかわらず、堤さんはすなおに答えてくださった。とくに気分を害したふうでもなく、にこにことほほえんでいるだけである。
ふむ、かなりガードがゆるいというか、ひとなつっこいタイプのようだな。
「いつも、そういう感じのお洋服を着ているんですか?」
これは、べつの女子からの質問だった。
始業式のときにも思ったが、ゴスロリ服とは、じつに絢爛たる衣装である。この距離だと、フリルなどのこまかいところまで見てとることができるぶん、よけいにインパクトが強い。
「この服は、お母さんに、今日がはじめてだから印象にのこるように着ていきなさいといわれて……。いつもは、もっとふつうなかっこうをしていますよ」
なんだそりゃ。たしかに印象にはのこったが、彼女なら、ありふれた服装でも充分にめだつんじゃなかろうか。
学校にゴスロリを着てきた堤さんも、ずいぶんと変わったひとのように思えるが、もしかして、お母さんも同様な感じなのかな。
堤さんは、そのごも聞かれたことにはなんでも答えてくれた。やがて、いつまでたっても質問が途切れないので、嵐山が打ち切りを宣言し、ようやくほかのクラスメイトたちの自己紹介がはじまった。
緊張しているもの、笑いをとるもの、恋人募集中を宣言するものなど、いろんなひとがいた。
自己紹介だけでホームルームがおわってしまったので、最後に連絡事項などの書かれたプリントが配られ、それで放課ということになった。
「アタシら、堤さんを案内して校舎をまわろうと思ってんだけどさ。公平もくる?」
幸にさそわれた。安倍さんもいっしょである。ふたりとも世話好きだから、学校に慣れていない堤さんのために、一肌ぬごうと考えたのだろう。
そのうしろにくっついているゴーは、たぶんこれを機会に、堤さんと親睦をふかめたいのだろうな。
「申し出はうれしいけど……ごめん。今日はちょっと、用事があるんだ」
「ふうん……。じゃ、しょうがないか」
じつは、ついさきほど、下校のまえに職員室へくるようにと、嵐山から耳うちされたところだったのだ。詳細は聞かされていないが、おそらく、雑用作業に駆りだされるのだろう。
思えば昨年も、こういうことはよくあった。副学級委員をしていたため、なにかあるとすぐに嵐山に呼びだされたものである。
どうせ、今回も、男手の必要な力仕事を押しつけられるのに違いあるまい。やれやれ。僕はため息をついた。