第百六十五話 サプライズコーナー
「ちょおっと待ったぁ!」
サプライズコーナーの開幕は、鏡寺さんのはっした一声からだった。
「あれっ? 会長、なぜそんな場所に? そういえばお姿を見かけませんでしたが、司会はどうなされたのですか?」
こうなることを知っていたくせに、大羽美鳩がしらじらしくも大仰に反応した。あとの予定を考えると、彼女のこの姿は喜劇、あるいはむしろ茶番劇とすら称すべきものだった。
鏡寺さんが、小柄な女子一名を引き連れて、颯爽とステージにあがってきた。
「あの、会長? これはいったい」
「ふっふっふ、ハトよ。わたしがいないあいだにイベントを牛耳るとは、やってくれるではないか」
あいかわらずの棒読みなセリフまわしで、鏡寺さんが意味不明なことをのたまった。
「そ、そんなことは。わたしは会長の代理として」
観客の反応は、そこそこといった感じである。大受けとはいえないが、とくにしらけているわけでもない。ただ、鏡寺さんの絶妙にへたな演技が、おかしな味わいをかもしだしており、彼女がしゃべるたびにそこら中からクスクス笑いが漏れ聞こえてきた。
「言い訳は無用だ、ハト。ここにいる彼女は君への刺客。覚悟するがいい」
「おーっと、乱入です! 生徒会主催のイベントであるカップルコンテストに、会長おん自ら反旗をひるがえしたのでぇす!」
相手のセリフに、大羽美鳩が煽りでかえした。なんというか、もはやどこからツッコんでいいのかわからん。
「ああっ、そしてそのうしろ、刺客というのは、イチゴちゃんじゃないですか! あなたも会長につくんですね?」
いま、大羽美鳩に呼びかけられたイチゴさんというのは、例の秘密の話しあいのときに、鏡寺さんのお供をしていた女子である。彼女は今回のサプライズコーナーの実質的な仕掛け人らしかった。
さて、そのイチゴさんであるが、頬のあたりに手の甲をそえ、縦ロールの黒髪をゆらしながら、おーっほっほと高笑いをした。
「油断大敵ですわよ、くーちゃん」
そして、大羽美鳩にむかい、ずびしと人差し指を突きつけながら叫んだ。
「だから足元を掬われるのです!」
「まあ!」
すると、大羽美鳩は体をくねらせ、怯んだようにのけぞった。
「裏切りだわっ! 信じていたのに、友だちだと思っていたのにいっ!」
どうでもいいけどノリノリだなあ、このふたり。
「やれるものならやってみなさい!」
すぐさま体勢を立て直し、大羽美鳩が吼えた。
「わたしは負けない。あなたたちを退けて、かならず生徒会の頂点の座に君臨してみせる!」
「正体をあらわしたな、ハトよ。君の野望は、以前からしっていたことだ」
片手の掌を大羽美鳩にむけてばっと広げ、鏡寺さんが威圧的なポーズを決めた。
というか、会話があさっての方向に走りつつある気がするのだが、きちんと所定の内容に収束するのかねえ。なんだか、不安になってきたぞ。
――と、こちらの心配をよそに、しばらくのあいだ、そのような寸劇がつづいた。ややあって、ようやく大羽美鳩がまとめのセリフらしき言葉をはいた。
「つまり、あなたたちはここにいるカップルのほかに、もう一組べつのひとたちを用意してきたというんですね?」
やれやれ、やっと出番のようだな。僕は鏡寺さんから受けとった例の品物を握りしめると、いちど、こころのほうに目をやった。彼女もこちらを見つめていたようで、やわらかなほほえみとともに、うなずきを返してくれた。
「……えっ?」
突然、演壇から素っ頓狂な声が聞こえてきた。そちらに視線をもどすと、呆然としたように固まる大羽美鳩の姿があった。
ここからでは顔は見えないが、おそらくいま、大羽美鳩の目は一点に釘付けになっていることだろう。それもそのはずで、僕たちのいるのとは反対側のカーテンのかげに、彼女にとっては、ひどく意外な人物がたたずんでいたのだ。
「す、菅原くん? なんであなた」
「彼が、わたしたちの用意したカップルの片割れさ。そして、もう片方というのは」
ニヤリと笑って、鏡寺さんが片目をとじた。
「だ、だって、出てくるのはイチゴちゃんの、こんな、こんなの聞いてないよ」
いかにも狼狽しているというように、大羽美鳩がなにかぶつぶつとつぶやきはじめた。よほどおどろいたのだろう。完全に素にもどっている。
「みなさぁん!」
いきなり、イチゴさんが観客にむかって声をあげた。
「あした、九月十日はわが三ノ杜学園生徒会執行部がほこる書記、大羽美鳩さんのお誕生日です。わたしたちはこの場をお借りして、彼女のためのサプライズバースデイプレゼントを用意しました!」
つづいて菅原くん――イチゴさんとおなじく、秘密の話しあいに参加していた男子――が、ステージの中央にでてきた。
長身の、さわやか系スポーツマンといった風体の男である。彼は大羽美鳩の真正面に立つと、きびきびした態度で直立不動の姿勢をとった。
「大羽美鳩さん」
ひとこと相手の名前を呼んで、彼はいったん咳払いをした。それから、あたかも選手宣誓をするかのごときはっきりとした口調で、なにやらスピーチをやりはじめた。
今年、おなじクラスになってから、ずっと仲よくしてもらっていたこと。片思いの相談なども、親身になって受けてもらっていたこと。そういったことを繰り返すうち、いつしか、もともと好きだった相手より、大羽美鳩に惹かれるようになっていたこと。
それで、大羽美鳩の親友であるイチゴさんに尋ねたら、むこうもこちらを憎からず思っている可能性があると言ってもらえたこと。その流れで、鏡寺さんをはじめとする生徒会メンバーの厚意により、イベントのさなかであるにもかかわらず、告白をする機会を与えてもらったこと。
スピーチはおおよそ、そんな内容のものだった。
「あなたのことが好きです、大羽美鳩さん。どうか、俺とつきあってください。お願いします」
最後にそうつけくわえて、菅原くんが手をまえに差し出した。
「は……え? えっと、その、え、え?」
どうやら、大羽美鳩はあまりのことにパニックを起こしているようだった。耳が真っ赤になっているのが、僕たちのいる位置からでも見てとれた。
「ほら、なにをぼけっとしてるんだ、ハト。返事をしてやれよ」
肩のあたりを鏡寺さんに叩かれ、ようやく大羽美鳩が動きはじめた。ふらふらと、頼りなげに菅原くんの手をとり、消え入りそうな声で言った。
「よ、よろしくお願いします……」
「あーっと、カップル成立でぇす!」
会場に、大羽美鳩のお株を奪うような、イチゴさんの煽りが響きわたった。それを合図に、ここまで固唾をのんで壇上のふたりを見守っていた観客たちも、祝福の拍手を送りはじめた。
口笛の音が聞こえる。会場が、割れんばかりの拍手につつまれていく。
「こーへいしゃん」
こころが、僕の手をひっぱった。ついに出番が来たのである。
ふたりして、ならんでステージに出た。大羽美鳩は、まだ状況が信じられないようで、どこかぼんやりとした表情をうかべていた。菅原くんの手を握ったまま、あたりをキョロキョロと見回したりしている。
僕たちがあらわれたことでか、拍手の音がちいさくなった。大羽美鳩もこちらの存在に気づいたらしく、きょとんとしたように小首をかしげ、二度三度とまばたきをした。
およそ、二歩の距離まで近寄ってみた。彼女の瞳が、うるんでいるのが見える。顔色も、街角の郵便ポストのようだ。
へえ、まるで恋する乙女の顔じゃん。そんなことを考えて、つい、ニヤニヤ笑いを浮かべてしまいそうになった。
「誕生日と、彼氏ができておめでとう、大羽さん」
いって、僕は相手に例の品物――紫色の花がいっぱいに束ねられたブーケを手渡した。
「りんどうだよ、それ。九月の誕生花の」
よこから、こころが補足をしてくれた。
つかのま、大羽美鳩は涙目で、僕とこころの顔を交互にながめていた。
しかし、やがて恥ずかしそうに視線を落とすと、ほんのすこしだけくちびるを噛み、それからちいさな声でなにかいった。
「あり、がと……」
ふたたび鳴りはじめた拍手の音に、ほとんど掻き消されてしまったが、彼女の口にしたそれは、まぎれもないお礼の言葉だった。