第百六十四話 カップル六組め 2
あたかも当然のことのように雑談を繰りひろげてしまっていたが、これはかなりの異常事態だった。鏡寺さんが僕たちの後方にいるという事実が指し示すとおり、ステージには現在、司会が大羽美鳩ひとりしかいないのである。
六組めが壇上にのぼってきた段階で、すでにそういう状態だったので、観客はもちろん、僕たちも不審に感じていたところだったのだ。
「さっきは言うのを忘れていたんだがな。これもサプライズコーナーの演出のひとつなんだ」
ああ、なるほど。その言葉だけで、僕はあらかたの事情をさっすることができた。
彼女のいう『さっき』とは、三組めのカップルのときにおこなった秘密の話しあいのことである。そのさい、僕とこころはサプライズコーナーについての連絡と、ちょっとした手伝いの依頼を受けていたのだ。
「ということは、鏡寺さんもいっしょに乱入するわけですか?」
「ま、そういうことになるな。呑みこみが早くて助かるよ。……でだ、廣井」
ふいに、鏡寺さんの口調があらたまったものになった。
「なにか?」
「いや、なにというかね……。じきに本番がはじまるわけでさ。その、例のことを」
みょうに歯切れの悪い言いかたである。しかし、僕には相手のいいたいことがよく理解できた。秘密の話しあいのときに依頼してきたことを、こちらがきちんと遂行するのか、彼女は不安になってきたのだろう。
むりもないと思った。こちらは大羽美鳩から、あれほどの嫌がらせを受けているのだ。協力する気が失せてしまったのではと心配されるのも、むべなるかな、である。
「手前勝手な話で悪いとは思うんだが、生徒会としては、ここでイベントの雰囲気を壊すわけにはいかないのさ。君には負担をしいてしまったわけだし、あの依頼はなかったことにしてもらっても」
「頼まれたことは、ちゃんとやりますよ」
あえて、鏡寺さんのほうではなく、大羽美鳩の姿――壇上で、水を得た魚のようにいきいきとカップルをいじっている――を見ながら答えた。そんなに凝視はしていないが、気分的には睨みつけているといった感じである。
「お、おう、そうか。なら」
「そちらの言うとおり、大羽さんは間違いなく僕やこころの敵ですからね。ヤツには、自分がどれだけ小物だったかということを、きっちり理解させてやるつもりです」
こちらの返答に、鏡寺さんがちいさく息をはいた気配があった。
少々、物騒な物言いになってしまったという自覚はある。それでも、取り繕う気にはならなかった。くだんの依頼は、もともと僕にとっては好きこのんでやりたいことではないのである。
「君なら、めったなことはないと思っているけどな……。くれぐれも、穏便にたのむよ」
いって、彼女はかかえていた品物をこちらに手渡し、そのままカーテンの奥へと消えていった。
「こーへいしゃん」
鏡寺さんの姿が見えなくなったあたりで、こころが話しかけてきた。
「サプライズコーナーのことなんだけど……。よかったら、こころが代わりにしてあげようか?」
こころは、鏡寺さんとはちがう意味で、僕を心配してくれているらしかった。
「気持ちはありがたいけど、僕がやらないと意味がないんだ。だいじょうぶ、変なふうにはしないから」
「でも……」
どうも、あまり納得してもらえていない様子である。たしかにやりたくないことではあるが、べつに、空気を読まないつもりもないんだけどな。
しかたないので、対案を出すことにした。
「じゃあ、ふたりいっしょにっていうのは?」
「うん、それなら」
にこりと笑って、こころがうなずいた。
演壇では、ちょうど大羽美鳩がインタビューを終え、アピールタイムにはいることを宣言したところだった。サプライズコーナーまで、あともうまもなくである。僕もこころも、それ以上はなにも言わず、だまって成り行きを見守ることにした。