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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第八章後編 後夜祭 波乱のカップルコンテスト
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第百六十二話 アピールタイム 3

「みなさん、こころは彼を信じています」

 僕から離れると、彼女はすぐに、観客にむきなおった。

「だからどうか、みなさんも彼のいうことを信じてください、お願いします!」

 いって、こころはぺこりとお辞儀をした。

 たぶん、そのときの僕は、はたから見て『目を白黒させている』というような状態だったのだろうと思う。どのぐらい呆けていたのかはわからないが、気がつくと、会場の雰囲気はすっかり変わってしまっていた。

 観客が、こころに拍手をおくりはじめたのである。

 それでようやくわれにかえり、僕もあわてて頭をさげると、拍手はよりいっそうおおきくなった。『にくいぞ、この』とか『もう一回しちゃえ』といったような声も飛んできた。

 しかし、僕にとっては、もはやそれどころの話ではなかった。

 なにしろ、恋人とはじめてのキスをしたのである。しかも、こんな衆人環視のなかで、相手のほうからされてしまったのだ。

 ひどく落ち着かない気分だった。体が宙にういているような感じがして、動悸がおさまらない。頭をあげて、深呼吸をしても、それはかわらなかった。

「もどろ、こーへいしゃん」

「あ、ああ……」

 どうやら、そろそろアピールタイムは終わりらしい。すでに司会のふたりがまえに出てきている。

 うながされるまま、カーテンのそで、僕たちの定位置に引っこむと、すぐにモリハトコンビがまとめのトークをやりはじめた。しかし、正直なところ、壇上の声は、まったく耳にはいってこなかった。

 ひとまず、ふたりしてその場に腰をおろした。僕が足を投げ出して楽な姿勢をとると、こころはあたりまえのように、こちらにしなだれかかってきた。

「……ねえ、こころ」

「なあに?」

 こころが、顔をあげて僕を見つめてきた。その瞳がうるんでいた。頬も、熟したトマトのように赤い。

 思わず、どうしようもない気持ちになり、僕は彼女の頭のうえに手をおいて、ゆっくりと撫でまわした。こころは、くすぐったそうに目をほそめていた。

「なんていうか……。しちゃったね、キス」

「うふふ」

 軽く笑って、こころが僕の胸のあたりに顔をおしつけてきた。こすりつけるようにして、頬ずりをされた。

「こーへいしゃんはね、こころの恋人なの」

 つぶやくようにそういってから、こころはふたたび顔をあげ、僕を見つめなおした。

 吸いこまれるような瞳だった。

「ほかの女の子には、もう絶対、キスなんかさせないよ。こーへいしゃんは、こころだけのものなんだから」

「もちろんさ。僕だって、ほかのだれとも、もうキスをする気はない。好きだ、こころ。……愛してる」

 こちらの返事と告白に、こころはふにゃりとした笑みを浮かべた。それから目をとじて、ほんのすこしだけ顎をあげた。

 そのままくちびるをつきだして、なにかをねだるように、かすかに動かした。

 赤く瑞々しいくちびる。ふいに、さきほどの感触がよみがえってくる。もういちど、あれを味わってみたい。

 こんどこそ、エチケットどおりにするよ。胸のなかでそうつぶやいて、僕は目をつむった。

 すこしづつ、互いの顔が近づいていく――。

「おい、おいったら。そこのバカップル」

 と思ったら、いきなりだれかが声をかけてきた。

 せっかくいいところだったのに、野暮なことをするなあ。憮然としつつ、僕は声のしたほうに顔をむけた。こころは、飛びあがるようにして体を離したあと、こちらの背中に隠れてしまった。さきほどとは事情がちがうため、さすがに恥ずかしかったのだろう。

「えっと? 出番は終わったはずですが、まだなにか?」

 声の主は、鏡寺さんだった。いつのまに来ていたのか、両手を腰にあて、カーテンの入り口のところに突っ立っている。

 見ると、相棒の大羽美鳩は、ステージの中央付近にいるようだが、そちらはなぜか、こめかみのあたりを指で押さえていた。よくわからないが、頭をかかえているといったふうでもある。

 というか、ふたりとも、イベントの進行を中断してなにをやっているんだ?

 会場からは、笑い声が聞こえてきていた。ネタやトークが受けているといった感じではない。失笑がもれていると言うべきか、とにかくみょうな雰囲気なのである。

 はて、いったいどうしたのだろう?

 状況がつかめず、小首をかしげていると、鏡寺さんは両手をひろげて頭をふった。そうして、その衝撃的な真相を、冷酷にも宣告してきたのだった。

「君たち……。ピンマイクのスイッチがはいったままだぞ」

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