第百六十話 アピールタイム 1
「ほら、ハト。もうそのぐらいにしておけ。カップルコンテストなんだぞ。参加者を糾弾してどうするんだ」
「あら、会長。それもそうですわね。つい、彼女がだまされているのが忍びなかったものですから」
ふたりが、議論をまとめようとしている。いけない、ここで話題が変わったら、おかしなレッテルを貼られたままになってしまう。
「まってください!」
あわてて、ふたりの会話に割って入った。
「これ以上、なにかあるんですか? いつまでも『付き合ってないけどキスはしてました』とか、非常識な反論をくりかえされても、時間のむだだと思いますけど?」
大羽美鳩が、こちらを蔑む態度をかくさずに言った。むかつくが、我慢である。ほんとうに反論し、説得すべき相手は彼女ではない。この妖怪口先女には、なにもしゃべらせるべきではないのだ。
「そちらが、僕たちの言うことに耳を貸す気がないのはよくわかったよ。だけど、観客のみんなの考えはちがうと思うね」
それから、あらためて、もうひとりの司会に向き直った。
「そろそろ、アピールタイムのスピーチに入らせてもらってもいいですか、鏡寺さん?」
僕とこころは、飛び入り参加なので、アピールタイムも、ましてスピーチなどをする予定もない。この発言は、完全なアドリブである。
どうか、伝わってくれ。内心で強く念じつつ、じっと相手の顔を見つめてみた。
「……は? あなた、いったい」
「おう、そうだな。スピーチか。じゃあハト、われわれは引っこむことにしよう。廣井、思い残すことがないようしっかりやれよ?」
よし! 鏡寺さんが、大羽美鳩の肩を叩いて、移動をうながしはじめたぞ。
さすがに、鏡寺さんの決定には逆らえないようで、大羽美鳩は渋い顔はしつつも、それにしたがった。
「ありがとうございます、鏡寺さん。……来て、こころ」
「うん……」
ふたりならんで、ステージの中央に立った。たちまち『いよっ、ウソツキ執事』『この女ったらし』などといった野次が飛び、笑い声があがった。
あいかわらず、ひどい雰囲気である。ノリのいい校風が、裏目に出ているとしかいいようがない。それでも、いまはできることをやるしかないのだ。
「ええと……。大羽さんにはいろいろと言われてしまいましたが、僕と、くだんのUさんが、過去にときどきキスをする関係だったのは、まちがいのない事実です」
客席から『執事さーん、がんばってー』だの『認めたのはえらいぞ』だのといった声が飛んできた。残念ながら、これは声援ではないだろう。おもしろがって、茶化しているのだ。
「たしかに、キスというのは特別な行為だし、そういうことをしていた僕たちは、特別な関係だったのかもしれません。だけど、それはけっして『恋愛関係』といえるようなものではありませんでした」
とたんに、そこら中からブーイングを浴びせかけられた。もっとも、ここまでは、まだしも想定通りではある。僕はいったん話すのをやめ、横目でちらりと恋人の様子をうかがってみた。
こころは、だまってこちらを見つめていた。凛々しいと思えるほどに冷静で、それでいて僕を信じていると感じさせてくれる表情だった。
彼女のまなざしに押されるように、僕はふたたび観客のほうに視線をもどすと、背筋をのばして、きっぱりと言い切った。
「なぜなら、僕とUさんの関係は、こちらから一方的に恋焦がれているだけの――片想いでしかなかったからです」
いきなり、会場全体がしずまりかえった。
といっても、まったく音がなくなったわけでもなかった。すぐに『えっ?』『なに?』『どういうこと?』というような声が聞こえてきたのである。
ひとつ咳払いをして、僕はゆっくりと言葉をつづけた。
「Uさんは、僕の初恋のひとです。出会ったのは、五歳のときだったから、十年以上もずっと好きだったことになります。とても大切なひとでした。いまも、意味はちがいますが、その気持ちに変わりはありません」
言いながら、ふと、こころはこれから話す内容を、どのていど把握しているのだろうかと思った。
いちおう、初恋の相手が幸だったことは、事実としてこころには伝えてある。もっとも、それについてのくわしい説明などは、ほとんどしていない。交際して一ヶ月の相手に、むかし好きだった女への気持ちを熱心に語る必要があろうはずもないので、当然のことである。
ただ、こちらの知らないところで、幸本人や委員長あたりから聞いている可能性はあった。
いずれにしても、観客を納得させるためとはいえ、浮かない気分である。いくら過去のことであっても、この話が、こころにとって楽しいものであるはずがないのだ。
もちろん、いつかは説明する機会もあるだろうとは思っていたが、まさかカップルコンテストの真っ只中でやることになろうとは、想像もしていなかった。