第百五十七話 カップル五組め 2
「それで、堤さん。彼を意識するようになったきっかけは?」
当然のことながら、飛び入り参加である僕とこころには、事前リサーチはおろか、フリップも存在しない。そのため、インタビューは地味なものになりがちだった。
「あの、道路を走っていたら、曲がり角でぶつかってしまいまして」
こころの返事に、鏡寺さんが目をまるくした。
いや、まて、こころ。たしかにそれで間違ってはいない。いないのだが、微妙にニュアンスが変わっていないか。
「ベタな出会いにもほどがあるな。どんなエロゲーだよ、そりゃ」
あきれたように、鏡寺さんがいった。生徒会長が、エロゲーとか言わんでください。
「えっ、ということは、あなたはもつれあって転んだ隙に、彼女のパンツを覗いたり、どさくさにまぎれて、倒れた相手の胸を揉みしだいたりしたんですか?」
よこから、大羽さんがおかしな茶々を入れてきた。突然、なにを言い出すのだ、このザマス眼鏡は。会場がざわついているではないか。
いけない、これでは変質者あつかいされてしまう。僕はおのれの身の潔白を照明するため、可能な範囲でくわしい状況を説明することにした。
「べつに、そんな変なことはしていませんよ。そもそも、彼女は転んだりしていませんし。そのときはですね……」
「は、はい。あの、ちゃんと倒れないように、抱きとめてもらいました」
説明の途中で、こころが口をはさんできた。だから、まてってば。フォローのつもりだったのだろうが、その言いかたはまずい。言葉足らずすぎて、大羽さんに曲解、もとい、誤解されかねない。
「つまり、あなたは道を走ってきた女の子、しかも当時はそんなに親しくもなかった相手に、いきなり抱きついたというんですね? んまあ、なんてことでしょう!」
案の定、信じられないといった表情と身ぶりで、大羽さんが声をあげた。それに呼応するように、会場のざわつきがますますおおきくなった。
ええい、もう。処置なしである。
観客が、大羽さんのこの『いじり』を面白がっているのは、まちがいなさそうに思えた。盛りあがっているといえば聞こえはいいのだが……。
いや、やはり、こういうのはよくない気がする。だいたい、これでは、カップルが恋人自慢をするというイベントのコンセプトにもあわないのではないだろうか。
しらず、僕はこころと顔を見あわせてしまった。彼女も困惑しているようだ。見ると、鏡寺さんも眉をひそめていた。あたりまえだと思った。客は喜んでいるかもしれないが、いくらなんでも、笑いの毒が強すぎる。はっきり言ってしまえば、こちらを嫌っているがゆえの公私混同である。
とりあえず、どう切り返したものか。考えているあいだに、しかし、大羽さんはさらなる爆弾を投下してきた。
「もしかして、だれかほかのひとと間違えたんじゃないですか?」
彼女のその意外すぎる発言に、僕は一瞬、絶句した。同時に、脳裏にひとりの少女の姿が思い浮かんだ。
たしかに、僕はあのとき、走り寄ってくるこころの気配を、その少女のものと勘違いした。だからこそ、ぶつかった相手を抱きしめ、しかも頭をなでまわすなどという、普通なら絶対にしないことをやってしまったのだ。
この口ぶりからすると、まさか、大羽さんはあのかわいそうな幽霊少女――あすかのことを知っているのか?
ところが、つぎに大羽さんが口にした言葉は、ふくらみかけたその期待を、あっさりとしぼませるものだった。
「じつはわたし、彼とは昨年、おなじクラスだったんですけど……。当時から、このひとには女の子に二股をかけていたという疑惑がありまして。こうして黙っているところを見ると、図星だったのかなぁ?」
ニヤニヤと、悪意を感じさせる笑みを浮かべていた。それでようやく、僕は彼女の意図を理解することができた。あすかのことは、なんの関係もなかったのである。おそらく、ただのカマかけだったのだろう。
なるほどねと思い、僕は舌打ちをしたい気分になった。『憮然』という言葉の正確な使いどころがわかった気がした。
これがやりたくて、彼女は僕をコンテストの参加者に指名したわけか。女主人と召使いごっこなど、しょせんは前座のお遊びで、あとに本番が待ち受けていたということか。
ようするに、この大羽美鳩という女は、ゴシップを捏造して、僕をステージ上で吊るしあげるつもりだったのである。こういう場なら、ウソでもなんでも、言ったもの勝ちになることがある。もし、こちらがきちんと釈明できなければ、公衆の面前で、浮気性の女たらしというレッテルを貼られることになりかねない。
敵という言葉を、僕は思い浮かべた。さきほどの秘密の話しあいで、鏡寺さんが口にしたものである。
そのときは、さすがにおおげさな気もした。だが、衆人のまえで、こんなふうに恥をかかせ、あまつさえ、恋人との仲を引き裂くようなマネをしてくる相手だ。これが敵でなくてなんだというのだ?
オーケイ、よくわかった。そっちがそうくるなら、こっちもそれなりの対応をしてやるさ。
「そんなに睨まないでくださいよぉ。で、どうなんですか? いまでも二股をかけてらっしゃるんですか? それとも、三股とか?」
ここぞとばかりの嫌味ったらしい物言いに、会場が静まりかえった。といっても、残念ながら彼女の下品な振る舞いにしらけたとか、そういうことではなさそうだった。むしろ、観客たちは、このでっちあげられた修羅場に興味津々といった様子である。
「廣井、なんとか言ったらどうだ? だまっていると、肯定したことになってしまうぞ」
やれやれといった口調で、鏡寺さんがいった。
こころは不安げに、僕の手をにぎりしめているだけだった。