第百五十六話 カップル五組め 1
照明が落とされた。
暗闇のなか、ドラムロールの効果音とともに、スポットライトの光が舞いおどる。
――と、みるまにそれらが収束をはじめ、壇上の一箇所にあつまった。
ほどなく、五組めのカップルが、光のなかに現れる。そのはずだった。すくなくとも、これまでの四組のカップルたちは、全員そうだったのだ。
しかし、いつまでたっても、出てくるものはだれもいなかった。
やがて、照明がもとにもどった。にもかかわらず、壇上にはやはり、司会の姿しかなかった。
観客がざわめきはじめた。
「あれれ? 五組めのカップルさんたち、出てきませんねえ。どうしたのでしょうか、会長?」
会場に、大羽さんのわざとらしいほどに明るい声がひびいた。
「ふむ、たしかにこれはおかしいな。ハト、なんとする?」
両手を腰に当てつつ、鏡寺さんがかえした。ひどく芝居がかったポーズと口調である。
もっとも、実際これは芝居だった。コンテストがはじまる直前、控え室で話したときに、出番がきたらこうしろと言い含められていたのである。
「待っていても埒があきませんわ、会長。ここは執事とメイドに命じて、探させることにしましょう」
いって、大羽さんが例によって例のごとく、ぱんぱんと手を打った。それを合図に、僕とこころはステージに出た。
「これ、執事。五組めのカップルが見当たりません。すぐに探してきなさい……ややっ」
まるで、たったいまなにかに気づいたかのように、大羽さんがおおげさに身を引き、首をかしげてみせた。じつにノリノリの演技である。たぶん、彼女はもとから、こういう演劇じみたことが好きなのだろう。くだらない嫌がらせさえしてこなければ、こっちだって、楽しく付き合ってあげられたのにな。
さて、どうやら観客たちも、この事態がどういうことか気づきはじめたようである。とまどいの雰囲気が、納得したものに変化してきているのだ。
「君たち、なぜそんなふうに手を、しかも指をからませてつないでいる? ま、まさか」
鏡寺さんのセリフ回しは、かなり棒読みっぽかった。なんでもできるひとだと思っていたが、このぶんだと、あるいは女優の才能はないのかもしれない。
「あなたがたが、五組めのカップルだったんですね!」
司会たちの問いに、僕とこころはいちど視線をあわせ、タイミングをとってから、同時に首肯してみせた。すると、大羽さんは、いきなりくるりと客席のほうに向き直り、さけび声をあげた。
「あーっと、大変なことになりましたぁ! いままでずっと、われわれ司会を補佐してくれていた執事くんとメイドさんは、じつはぁ、なんとぉ、カレカノの関係だったのでぇす!」
いわゆる『煽り』というやつだった。とたんに、観客席からどよめきが沸き起こった。
なかなかの反応だと思った。
さきほど、四組めのカップルのアピールタイムが意味不明な盛り上がりかたをしていたため、どうなることかと心配していたのだが、とりあえずは悪くない空気といえる。
なんにせよ、ここからの僕たちは、アシスタントの執事とメイドではなく、ゲストのカップルである。すぐさま、ステージの中央に案内され、司会者二名にはさまれる形になった。
立ち位置は、ステージに向かって左から、鏡寺さん、こころ、僕、大羽さんだった。
「では、あらためまして、お名前とクラスをどうぞ」
はじめは、通り一遍の質問からだった。
「二年二組、廣井公平です」
「お、おなじく、堤こころです」
質問したのが大羽さんだったからだろうか。こころはすこし、おどおどしている様子だった。やはり、相手に苦手意識を持ってしまっているようだ。
いっぽうの大羽さんは、べつだん、意地悪そうな顔をしているわけではなかった。皮肉っぽい発言もしてこない。ごくふつうに、司会をこなしているだけである。
ただ、その表情は、あきらかに営業スマイルのたぐいだった。むしろ、笑顔のしたで『仕事だからしかたないけど、おまえは嫌いだ』とでも考えていそうな気がするほどだった。
まあ、それもおたがいさまではあるか。このぐらい、いまさらどうという話でもない。
僕たちのなれそめについては、鏡寺さんが質問してきた。立っている場所が近いため、そちらは自然と、こころが返事をすることが多くなった。
「ふうん、転校生の便宜をはかる副学級委員という構図か。やるなあ、廣井も」
からかうように鏡寺さんがいうと、観客から軽く笑いが起こった。