第百五十三話 カップル三組め 1
そのご、しばらくは平穏なものだった。
たしかに、大羽さんはことあるごとに僕を呼びつけては、こまごまとした雑用を押しつけてきた。しかし、命令するときの態度はともかく、頻度や内容については、事前の打ちあわせで決められた範囲内におさまっていたので、気の持ちようで我慢できないこともなかった。
また、コンテスト自体も、全体的にはけっして嫌な気分になるようなことばかりではなかった。
メインコンテンツである他人のコイバナは、ふつうに興味が感じられる内容だったし、司会ふたりのトークぶりも、なかなか堂に入っていたのである。
とくに、大羽さんの喋りは、褒めたくはないがかなり流暢だった。アドリブも、随所に入れているようである。
さきほどなど、ジョークで思わず笑わされてしまい、ちょっとくやしかった。
さらに、そういったイベントそのものの面白さのほかにも、個人的にうれしいことがあった。
たとえば、二組めのカップルは『たいへんだね』とねぎらいの言葉をかけてくれた。それに、僕たちが出ていくと観客が沸くというのも、悪くない感覚だった。
大羽さんひとりのために、この時間を楽しめなくなるのは、いかにも愚かしいことだといえるだろう。
壇上では、現在、懐メロといった感じの男女デュエット曲のイントロが流れているところである。三組めのカップルが、司会のいじりもそこそこに、早くも自己アピールのカラオケをはじめたのだ。
カラオケのあとには、司会ふたりのまとめのトークもあるので、時間については問題ない。ひとつ、このままのんびりと歌でも聞いていようか。
ふむ? だけど、準備があわただしくなるのもよくないかな。むしろ、余裕があるうちに、つぎのひとたちを呼んでおいたほうがいい気もする。さて、どうだろう。
つかのま考えた結果、僕は後者を選択することに決めた。こころをうながして、ふたりで控え室にむかうと、スタンバイ中の四組めカップルを演壇の裏まで案内した。ピンマイクのセットやら、注意事項の簡単な確認などの作業をひととおりこなした。
全部すませて、カーテンのかげに戻ってくると、なぜかそこに、われらが才色兼備の生徒会長が待ちかまえていた。
「あれ、鏡寺さん?」
見ると、彼女はひとりではなかった。しかし、うしろに控えているという感じでたたずんでいたのは、なぜか大羽さんではなかった。制服姿の男女がふたりである。
男子のほうは、学年章を見ると二年のようだが、まったく知らない人間だった。女子のほうは、生徒会のメンバーで、学園内では相応に有名人だが、とりあえず、僕とは接点がない。
「よう」
片手をあげて挨拶をすると、鏡寺さんはすぐに体をよせてきた。立ったままではあるが『膝をつきあわせて』と形容したくなる距離になった。カラオケの音に声を掻き消されないようにするためか、あるいは単純に、ナイショ話がしたいからなのか。
のこった男女ふたりは、とくに近づいてくるでもなく、遠巻きにこちらをながめているだけである。
はて、彼らは、いったいなんなのだろう? 疑問には思ったものの、ひとまず、すぐ目のまえの相手を優先することにした。
「どうかしたんですか? 鏡寺さん」
「いや、ハトのことでさ……。なんだか、悪かったよ。嫌な気分になったんじゃないか」
苦笑のような表情を、鏡寺さんはうかべていた。ははあ、なるほどね。大羽さんの態度を見かねたというわけか。これは、フォローでもしてくるつもりなのかもしれないな。
「気にしてないとは、いいませんけどね……。ま、しかたないんじゃないですか。正直、こっちも彼女とはそりがあいませんし」
僕が大羽さんの立場だったなら、あんなことはしない。というより、彼女がなにもしてこなければ、こちらからちょっかいを出すなどということは、まずありえないのだ。
ありていにいえば、人間としても女としても、とくだん気にするような要素のある相手ではないため、態度が悪いうんぬんを抜きにしても、関わりあいになる必要性自体がなかった。
「なあ、廣井。この際だから聞くんだが……。ハトと、過去になにかあったのか?」
鏡寺さんの質問に、となりでこころがぴくりと反応したのがわかった。