第十六話 四月九日(月)午後 1
話をしているうちに時間になったので、僕たちは、ひとまず荷物をあたらしい教室に置きにいき、それから講堂に移動した。
始業式は、すぐにはじまった。
新一年生にとっては、入学式でもある。ただし、高等部のそれは、ひどく簡素なものだった。一貫校ということで、おおくの学生にとっては、進級とおなじほどの意味あいしかもたないからである。
もちろん、中学をよそで卒業し、高校から三ノ杜学園でという学生も一定数は存在するので、式典自体はきっちりおこなわれる。しかし、当事者である徹子ちゃんたちには悪いが、二年生以上にとっては、始業式のついでという感じが否めなかった。
そういえば、安倍さんが高校から編入してきたタイプに属するのだが、以前、入学式があまりにもあっさりしていたことに驚いたというような話をしてくれたことがある。初等部から、ずっとおなじ学校にかよっている僕には、進学にまつわる感覚がよくわからないので、すこし損をしたような気分になったものだ。
ともあれ、式はとどこおりなくすすんでいき、現在は、しめの『学園長の挨拶』である。午前中に、すこし眠っておいたおかげでか、貧血は起こさずにすんだが、あいかわらずの長話だった。
もっとも、それを退屈に感じることはなかった。
じつは、学園長の演説のあいだ、僕はずっと、ほかのことに思いをめぐらしていたのである。
いまだ歴史の浅い三ノ杜学園においては、学生数をふやすため、転校生も積極的に受けいれている。
今年の高等部への転校生は、二年生が六名で、式のなかごろに、彼ら彼女らの顔見せがおこなわれた。
毎年のことでもあり、それだけなら、とりたてて騒ぐようなものでもなかった。しかし、僕は雷に打たれたような気分を味わっていた。
というのは、転校生のひとりが、飛びぬけた美少女だったのである。
彼女は、まず背がたかかった。
ちいさく見積もっても百六十センチ台の後半、おそらく百七十センチはあっただろう。手脚はすらりとしていてバランスがよく、頭がちいさかった。
ストレートの黒髪は腰まであり、遠目にもわかるはっきりとした顔だちをしていた。
おまけに、服装がすごかった。
いちおう、わが三ノ杜学園では、指定の制服はあるものの、学生の服装は自由ということになっている。素行重視で、髪色や装飾には文句をつけないという方針らしいが、だからといって、過度に奇抜な格好をしているものがいるかといえば、そうでもない。
たとえば、徹子ちゃんは休日にこのんで和服――家が呉服店であるため――を着用し、そのままふつうに外出したりもするが、学校にはむしろ制服できている。
また、幸が夏場に着る日光避けの厚着も、めだつといえばめだつが、あくまで普段着の延長線上にあるものだ。
とにかく、全学生を見わたしても、街を歩いていて、格別に注目を集めそうな服装をしている人間など、そうはいないのである。
ところが、彼女の服装は、そうした次元をあきらかに超越したものだった。
黒を基調に白をちりばめ、フリルやリボンなどの華麗な装飾をほどこされたその服装。女性の服飾についてはあまりくわしくないが、あれはゴスロリというはずだ。テレビや映画で、アイドルタレントがおなじようなかっこうをしているのを、見たことがある。
アイドルが着ていてもなお、冗談にしかならないほどに甘いその衣装を、彼女は完璧に着こなしていた。まるで、生きてうごいているフランス人形のようだとさえ、僕には思えた。
壇上に、彼女がたってお辞儀をしたとたん、男女問わず、嘆息とどよめきが起こったのである。僕自身、彼女のうつくしさに心をうばわれ、ほうけるようにして見つめてしまっていた。
この世のなかに、こんなにも綺麗な女の子がいたのか。そんなことを考え、すなおに感心してしまったほどだった。
――気がつくと、いつのまにか学園長の話はおわっていたようだ。担任の発表などがあり、始業式兼入学式はつつがなく終了した。
それでも、僕はさきほどの転校生のことを考えつづけていた。
ほんとうに、綺麗な女の子だった。あんな美人と、これからはおなじ学校で勉強できるのか。知りあいでもなんでもないくせに、みょうにうれしいような誇らしいような、ふしぎな気持ちになった。