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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第八章後編 後夜祭 波乱のカップルコンテスト
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第百五十話 控え室

 講堂である。

 軽音部のライブはすでに閉幕しており、あと片付けもすべておわっていた。それだけでなく、カップルコンテストの準備も、ほぼしあがっていた。

 さきほど、観客として会場にいたときには気づかなかったが、どうやらステージ上にセットを組んでおいて、シーツなどで隠してあったようである。飾りなど、いくらか足りないものが残ってはいるものの、残り時間だけで充分に対応できる程度らしかった。

 現在、午後七時四十分すぎ。あと十数分ほどで、カップルコンテストの開催時間である。控え室には、独特の緊張感がただよっていた。

 参加カップルたちは、めいめい気持ちを落ち着かせるために時間をついやしている。僕とこころも、それは同様だった。

 ただし、僕たちには、ほかのカップルとちがう点がひとつだけあった。

「こーへいしゃん、ネクタイ曲がってるよ、ほら」

「あ、ごめん。ありがとう」

 硬い笑みをうかべ、こころがこちらの首周りをととのえてくれている。手が、すこし震えているような気もするが、しかたのないことだろう。実際、僕も地に足がついていない感じがするのだ。

 ネクタイもなおり、ふたりならんでそわそわしていると、ふいに声をかけられた。

「さっきも思ったんだがな。じつに似合っているじゃないか、そのかっこう」

 そちらに目をやると、鏡寺さんが上機嫌な様子で立っていた。うしろには、金魚のなにかという感じで、大羽さんもいる。

 例によって、大羽さんは、またしても眼鏡の位置をなおしているところだった。そのしぐさが、なぜかみょうに得意げにみえて、すこし腹だたしかった。

「おほめいただくのは光栄ですけどね……。カップルコンテストに、執事やメイドって必要なんですか? 鏡寺さん」

 僕とこころが、さきほどから浮き足立っていた理由がこれだった。鏡寺さんの指示――正確には、大羽さんの提案を承認したという形だったが――により、ふたたび執事とメイドをやらされることになったのである。

 もちろん、コスプレをして参加するぐらいであれば、どうということはない。店がおわって、気を抜いていたところはあるが、それでも終日このかっこうだったから慣れている。他人の目も、ここまできたらいまさらだ。

 問題は、コスチュームを着ること自体ではなく、コンテストのあいだずっと、執事とメイドの仕事をこなさなければならないという点だった。

 つまり、司会のアシスタントをやらされるのである。しかも、ぶっつけ本番で。こちらは、リハーサルに参加どころか、プログラムも満足に記憶していないというのに。

 いきなり着替えろといわれたので、とりいそぎ準備はしてきたが、正直なところ、無茶にもほどがあると言わざるをえなかった。

「まあ、そういうなよ、廣井。なにも面倒なことをさせようというわけじゃない。お茶やお菓子をはこぶのと、大差ないと思うがね」

「というと?」

 そこで、大羽さんが話の穂をついだ。

「あなたがたには、おもに雑用をやってもらいます。フリップを運ぶとか、カップルのみなさんが壇上にたったときに、ピンマイクをつけてもらったりとかのことを」

 ありゃ? なんだ、ただの裏方じゃないか。カップルなのにこき使われるというのはさておくとして、それだったら、とくに緊張するほどのことでもなかったのかな。

「ハトのいったとおりだ。そのかっこうで観客のまえにでてもらえれば、間違いなく盛りあがるだろう。参加カップルのなかで一番目立つポジションだから、自己アピールの代わりにもなるぞ」

 これが自己アピールというのは、さすがにちょっと無理がないですか、鏡寺さん。

「あの……。ピンマイクとか、見たこともないし、どうやってつけたらいいのかわからないです」

 こころが、おずおずとした様子で、鏡寺さんに声をかけた。

「うん? ああ、それなら簡単だ」

 ちょっとまてといって、鏡寺さんが、持っていた鞄のなかに手をつっこんだ。と思ったら、なにかの機械を取り出した。ピンマイクと、ポケットに入れる無線機のようだ。

「ほら、こっちがマイクだ。根元のところが、洗濯バサミのようになっているだろう? これを、ジャケットのまえの合わせのところにでもくっつけてくれ。シャツの襟でもかまわん。……さあ、やってみるといい」

 言われるままに、ふたりで付けあってみた。なるほど、これならたしかに問題はなさそうである。

「わりと高価な品物ですから、落としたりしないでくださいね? 壊したら、弁償してもらいますよ?」

 大羽さんが、眼鏡をくいとあげた。とたんに、こころがびくりと体をふるわせた。

 どうやら、こころは大羽さんに、すっかり苦手意識を植えつけられてしまったらしい。

「こらこら、ハト。あんまりへんな冗談をいうなよ。堤さんが固まっているぞ」

「あら、それは失礼いたしました」

 歯を見せたまま謝られても、不愉快なだけである。

 ともあれ、付けかたは理解したので、マイクは返すことにした。すると、鏡寺さんが、事故やそのほか、トラブルが起きたときの対処について、情報共有が必要だといってきた。

 どちらかというと、関係者同士の打ちあわせに近い内容である。しらないうちに、僕とこころはただの参加カップルではなく、主催者側の立場にされてしまっていたようだ。いかにも鏡寺さんらしい、強引でなし崩し的な巻きこみかたである。

 大雑把なプログラムの順番から、こまかな注意事項の確認まで、あれこれと話がつづく。そうこうしているうちに、いよいよコンテストの開催時間ギリギリになってきた。

「じゃあ、廣井、堤さんも、たのんだぞ」

 颯爽という言葉の意味を体現するかのごとき物腰で、鏡寺さんが去っていった。

「せいぜい、仲睦まじく働いてくださいね」

 悪意を感じさせる捨てゼリフをのこし、大羽さんもそのあとについていった。

 モリハトコンビが控え室から出ていったところで、こころがふうとため息をついた。

 見た感じ、いまの打ちあわせもどきの話しあいで、気苦労をしいられたからというわけでもなさそうである。どちらかというと、ぼんやりしているといった印象があった。

 きっと、こころは疲れてしまったのだろうと思った。なんだかんだいっても、朝から喫茶レクイエムで働きづめだったのである。

 ついでにいうと、僕自身、じつは目がしょぼしょぼしはじめていた。

「ねむい?」

「ちょっと……。でも、まだがんばれるよ」

 いって、こころは自分を奮いたたせるように、両拳を握りこんでガッツポーズをとった。

 ふむ、これは負けていられないな。僕も、おなじようにガッツポーズをとった。それから、互いに顔を見あわせて笑った。

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