第百四十九話 事前説明会
視線が痛かった。
ほかでもない大羽さんである。さっきから無言で、僕のことを親の仇かなにかを見るように睨みつけてきているのだ。
たしかに、遅れてきたのは悪かったし、ほかの参加者を待たせたのも申し訳ないと思っている。しかし、こちらだって謝っているではないか。
だいたい、僕やこころは、もともとカップルコンテストに出場する予定ではなかったのだ。鏡寺さんにたのまれて、協力するためにここに来ているのである。
べつに、遅刻しても無条件で許せとはいわないが、それにしたって、すこしぐらいは大目に見てくれてもいいだろうに。
「こ、こーへいしゃん……」
ええい、こころが怯えて、僕のうしろに隠れてしまったではないか。なんということだ。
「まあ、そのぐらいにしておけよ、ハト」
奥から、鏡寺さんが声をかけてきた。
「廣井のことだ、遅れてきたのも、コンテストに華を添えるような企画を考えてくれてのことなんだろうさ。な?」
いって、彼女はぱちりと片目をとじた。どうやら、助け舟を出してもらえたようだ。
ともあれ、非がこちらにあるのはたしかである。僕はもういちど謝罪の言葉を口にして、こころとともに席につくことにした。
席といっても、備えつけの長テーブルではなかった。ただの床である。
ふだんなら、生徒会室の中央をかこむように配置されているはずのそれらテーブルは、ホワイトボードまえの一台をのぞいて、すべてが脚を折りたたまれ、わきの邪魔にならないところに片付けられていた。椅子も同様である。
現在、生徒会室には執行部と、僕とこころを含むカップルたちをあわせて、全部で二十四名の学生がいる。人数が多いので、スペースを確保するためにそうしたのだろうと思った。
腰をおろしたのは、手近な空きスペースだった。そこに、つかつかという感じで、大羽さんが歩み寄ってきた。
いきなり、なにかの書類を押しつけられた。
「……ちっ」
うわ、舌打ちされたよ。
げっそりしつつ、書類に目をやると、カップルコンテストのプログラムだった。順番のほかに、参加カップルの名前と、簡単な紹介文なども書き添えられている。
「カラオケを歌うひともいるんだね」
小声で、こころがいった。僕がうなずくのと、鏡寺さんが立ち上がったのは、ほとんど同時だった。
それではという感じで、鏡寺さんがコンテストの説明を開始した。大羽さんは、いつのまにかホワイトボードのよこに移動していた。書記として、板書でもするのだろうか。
よく見ると、ホワイトボードには、すでにさまざまな情報が書きこまれていた。ということは、僕たちが入室するまえから、説明会はとっくにはじまっていたのかもしれない。
さて、鏡寺さんの説明や、ホワイトボードの書きこみをまとめると、つぎのようなものになる。
まず、司会が二名。これは進行のほかに、カップルにインタビューしながら、なれそめや友人たちの声などを発表する役である。今年は、鏡寺さんと大羽さんがつとめるようだ。
生徒会長である鏡寺さんはいいとして、相方が副会長ではなく、書記の大羽さんというのは、少々意外な話だった。
もっとも、鏡寺さんはワンマンという形容がぴったりな会長で、大羽さんはその懐刀という感じなので、ある意味では、よこに副会長がいるよりも似つかわしいといえるかもしれない。
ちなみに、副会長が司会をやらないのには理由があり、それは恋人である会計の女子とともに、カップルとしてイベントに参加するからというものだった。
閑話休題。モリハトコンビ以外ののこった生徒会メンバーたちは、審査員として、点数をつける係である。
こまかい採点基準については、部外者なのでわからないが、とにかく審査員十名のひとり十点満点で、最高百点になるわけだ。
そこに、観客の投票による順位を、一位百点、二位九十点、三位八十点というように、十点刻みで振り分けることで、最高二百点満点として、最終的な順位を競いあうのである。
たとえば審査員が八十九点、観客が三位をつけたカップルと、審査員が八十八点、観客が二位をつけたカップルであれば、かりに得票差がたった一票だったとしても、後者のほうが合計で九点も上回る。
つまり、より重視されるのは、観客の反応ということだった。
そして、肝心のコンテストの内容であるが、司会がインタビューしてカップルがそれに答える、あるいは用意しておいたネタで自己アピールをするなりして、会場を盛りあげるというものだった。
自己アピールのネタは、事前申告されていたようで、書類のカップル紹介欄のところに、ならんで記載されている。さきほど、こころも言っていたが、カラオケでデュエット曲を歌うカップルがいるようである。
ほかにも、ラブレターを用意してたがいに読み聞かせるとか、うしろから抱きしめて愛をささやくとか、そういった類のことが、いろいろと書かれてあった。
ところで、ここで問題になってくるのが、僕とこころの存在である。
なにぶん、飛び入り参加であるため、自己アピールなどはまったく考えていないのだ。説明会がおわったら、鏡寺さんに確認をとっておかなければならないだろう。
「重要なのは、こんなところだな。……ああ、そうだ。いちおう、われわれは高校生なのだから、あまり無茶はしないこと。三年まえのコンテストだったか、調子にのったあげく、あとで職員室によばれたカップルがいたらしいぞ。なんでも、壇上でセッ」
両手をテーブルにつき、鏡寺さんがジョークのようなことを言っている。しかし、態度があまりにも堂々としすぎていて、笑っていいのかよくわからないのが難点だった。
「よし、なにか聞きたいことは?」
場の困惑したような空気をものともせずに、鏡寺さんがつづけた。
「あの……。ここに、サプライズコーナーっていうのがあるんですけど」
だれか、女子が手をあげて質問をした。
書類を見ると、たしかにそのような欄がもうけられている。クエスチョン・マークが記入されているだけで、詳細はわからない。
すると、鏡寺さんは『よくぞ聞いてくれた』とでも言いたげな笑みをうかべた。
「サプライズコーナーは、われわれ主催者側の秘密の独自企画だ。もっとも、参加カップルのみんなに、なにかしてもらうということはないから、気にしないでくれていい。できれば、観客といっしょに驚いてもらえるとうれしいがな」
その質問を皮切りに、何組かのカップルが、それぞれ疑問を鏡寺さんにぶつけはじめた。しかし、本人たちにとっての具体的な内容ばかりで、僕たちの参考になりそうなものはなかった。
ふむ、こちらもそろそろ、質問しておいたほうがいいな。
「えっと、いいでしょうか、鏡寺さん」
「なんだ、廣井?」
僕とこころが、自己アピールをなにも用意していないことをつげると、鏡寺さんは軽く笑って片手をあげた。問題ないというジェスチャーのつもりだろうか。
「だいじょうぶさ。そのぐらい、どうとでもなる」
このひとの『だいじょうぶ』は、成果が出るという意味においては折り紙つきと言ってもいいのだが、現場で動く人間がえらく苦労するのである。
やれやれ、しかたないか。ガレー船に乗った気持ちでまかせることにしよう。僕とこころは、もちろん漕ぎ手である。
やがて、時間がおしてきたので、質問は打ち切られた。全員、そのままコンテスト会場、すなわち講堂へとむかうことになった。