第百四十八話 九月九日(日)夜 2
生徒会室へとつづく通路を、こころとふたりで歩いている。
結局、あれからすぐに、笹川さんとは別れた。彼女が購入していた二本の缶飲料は、黒田が振られたら、いっしょに飲んで慰めるためのものだったそうだ。もういらないからといって、僕たちにプレゼントしてくれた。
未開封の無糖コーヒーをもてあそびつつ、僕はぼんやりとさきほどのできごとを思い返してみた。
委員長と黒田が、恋人同士としてつきあうことになった。それは、共通の友人である僕にとっても、よろこばしいことである。しかし、うれしいだけで、ほかになにも感じないかと問われれば、返答に窮せざるをえない。
けっして口に出せないような気持ちが、自分のなかに存在していることを、僕はいまさらながらに自覚していた。
たぶん、僕はずっと、委員長に惹かれていたのだと思う。すくなくとも、こころと出会うまえの時期は、確実に。
しかし、当時の僕には、幸というおおきすぎる存在があり、ほかの女とつきあうなど、想像することもできなかった。自分のなかで育ちつつあった気持ちに背中をむけ、見ないようにしてきた。
もし、あのころに、自分の気持ちとむきあっていたら、うまく育てることができていたなら、いま、僕のとなりにいるのは違うひとだったのだろうか?
なんの意味もない仮定であることはわかっていた。相手の気持ちを考慮に入れていないし、そもそも僕は、こころに不満があるわけでも、まして浮気がしたいわけでもないのだから。
だが、それでも――ほかならぬ委員長が告白され、しかも受け入れる現場を見てしまったのである。今日ぐらいは、他人にいえないような妄想にふけるのも、許されていい気がする。
きっと、幸がだれかと付き合うようになったとしても、僕はおなじことを考えるのだろう。そして、そのときもこう思うのだ。
こころを、自分でえらんだ大切な恋人を、守りつづける。
「こーへいしゃん?」
いつのまにか、こころが僕の顔をのぞきこんできていた。
「ああ……。黒田と委員長、うまくやれるといいね」
「……うん」
笑顔で、こころがうなずいてくれた。
さあ、すすもうか。僕とこころが、恋人同士であることを誇るために。カップルコンテストだ。出場するからには、グランプリをとるつもりでいく。
ほどなく、生徒会室にたどりついた。
ここまで、だれとも出会わなかったが、室内にはたくさんのひとの気配がある。ということは、もう参加者全員あつまって……あれ?
ふと気がついて、あわてて時計を見直し、僕は頭をかかえたくなった。
うわ、しまった。うっかりした。もう、七時を二十分ちかくも過ぎているじゃないか。まずいな、さすがに遅くなりすぎたぞ。
僕の脳裏を、鏡寺さんの意地悪そうな笑みと、大羽さんのしかめっ面がよぎった。しらず、ぶるりと体が震えてしまった。
ともあれ、こんな場所で、いつまでも突っ立っているわけにもいかない。おそるおそるノックをしてみると、なかから『どうぞ』という声がかえってきた。
やれやれ、覚悟をきめるしかないな。僕はこころの手を握りしめると、いちど相手と視線をあわせた。それから、生徒会室の引き戸をひいて、ふたりならんでなかへと足を踏み入れた。
<第八章前編・了>