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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第八章前編 文化祭 メイドと執事と喫茶店
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第百四十四話 九月九日(日)夕方 軽音部ライブ 1

 計算の結果、すべての売り上げに問題がないことがわかった。

 帳簿をかたづけて、となりのテーブルに移動すると、僕たちは委員長が用意してくれたお茶やお菓子を楽しむことにした。

「講堂のライブ、委員長はどうする? 黒田が出演するみたいだけど」

 ごく軽い気持ちで、僕がそう尋ねると、委員長はなぜか、じっとこちらを見つめてきた。

 相手のその目つきが、みょうに据わっているように感じられて、僕は思わずどきりとしてしまった。

 だが、そんな気がしたのはほんの一瞬のことで、委員長はすぐにこちらから目をそらした。

「わたしも、見にはいくつもり。来てほしいって言ってくれたし」

 なんだ、招待されていたのか。けさ、黒田は店に遊びに来て、委員長となにか話をしていったようだが、ひょっとすると、そのときにでも誘っていったのかな。

「こころは?」

「こーへいしゃんといっしょなら」

 だったら、せっかくの機会でもあるし、この三人で見にいくのもいいな。そう思い、提案してみたのだが、残念ながら、委員長にはその気がないようだった。

「ちょっと、ひとりで考えごとをしてみたいの。だから、わたしが行くのは、黒田くんの出演時間ぎりぎりになると思う。……ほら、こういうお祭りのあとって、物思いにふけりたくならない?」

 へえ、そんなものなのかねえ。しかし、祭りのあとといっても、いまはまだ後夜祭の真っ最中なんだけどな。

 ともあれ、話題に出たこともあり、そのごは黒田のバンド『黒霊騎士』についての内容で盛り上がった。

 黒霊騎士とは、ベースの黒田卓朗、ボーカル兼ギターの笹川多華代、ドラムの木塚克己によるスリーピース・バンドである。

 じつにきらびやかな字面のバンド名に見えるが、その読みは『クロレキシ』、すなわち、あの『なかったことにしたいと思う恥ずかしい過去』を意味する俗語『黒歴史』にひっかけたジョークだったりする。

 なんでも、リーダーの名前にあわせて、バンドにも『黒』という漢字が入るようにしたらしいのだが、それで黒歴史を持ってくるところが、いかにも黒田だと思った。

 ちなみに、ほかのメンバー、木塚氏については、鏡寺さんのクラスメイトということぐらいしか知らない。もうひとり、笹川さんは昨年度の僕のクラスメイトで、小柄ながら私服のセンスが独特な感じの子だった。

 なお、本人の談によると、黒霊騎士はオリジナル曲を主体に活動しており、作詞が黒田、作曲が木塚氏というふうに役割を分担しているのだそうである。冗談っぽいバンド名にくわえ、女子である笹川さんの魅力を前面に押し出してもいるが、基本的には、音楽性を重視したバンドをめざしているとのことだった。

 会話のあいまに、ふと沈黙がおとずれた。

 すこしぼんやりしたような表情で、委員長が紅茶をすすっている。今日の彼女は、朝から喫茶レクイエムの店長として大車輪の活躍をしていたうえに、途中、保健室の手伝いまでさせられていたのだ。さすがに、疲れて元気が出ないのだろう。

 そうこしているあいだにも、ライブの開催時間は、刻一刻と近づいてきていた。

「じゃあ、僕たちはもう行くよ。委員長は、まだ教室に残ってる?」

「うん……。着替えも、しなきゃならないしね。あ、カップルコンテスト、グランプリが取れるように応援してるわ」

 いって、委員長がほほえみをうかべた。しかし、その表情にも、どこかしら、疲れのような翳りがにじんでいるように思えた。

 つかのま、僕はなぜか、委員長ともうすこし話がしたいような気分におちいった。

 彼女の様子が、どこか沈んでいるように感じられたからかもしれない。だが、すでに支度を済ませていたこころにせっつかれたこともあり、結局、僕たちは、委員長ひとりをのこして、教室をあとにすることにした。

 さて、校舎を出て講堂へとむかっていると、ふいに、うしろのほうから声をかけられた。見ると、ゴーだった。となりに、蛍子さんもいた。

「よう、コウ。今日は大変だったみたいだな」

「やあ、昼は外の手伝いに入ってくれてたんだって? ありがとうな、ゴー」

 例によって例のごとく、蛍子さんはTシャツとジーンズといったラフないでたちである。どこか泰然としたたたずまいではあったが、じっとこころを凝視している様子なので、とりあえず紹介することにした。

「蛍子さん、彼女は僕の恋人のこころです。こころ、このひとがゴーの」

「こんにち……こんばんはです。堤こころと申します」

 そこまで遅い時間でもなかったが、こころは律儀に言い直した。

「望月蛍子」

 自身のフルネームをぶっきらぼうに口にしたと思ったら、蛍子さんはこころに顔を近づけてきた。

「聞いていたより、ずっと綺麗。とくに、髪が」

「あ、あの……。ありがとうございます」

 まっすぐに容姿を褒められたのが恥ずかしかったのか、こころは顔を赤くしてうつむいた。

「美容師の血がさわぐってか」

 ゴーが笑顔で茶々をいれると、蛍子さんは肯定するように、ほんのりとくちびるの形をゆるめた。

 聞けば、ふたりとも、黒霊騎士のライブを見にいくつもりだそうである。委員長にはふられてしまったが、このメンバーで、ダブル・デートとしゃれこむのも、それはそれで悪くない気がする。

 ……うん?

 おっと、話をしているうちに、どうやら開催時間の六時をすぎてしまったようだ。すでに、最初のバンドの演奏がはじまっているらしい。いくらか距離があるのに、会場の音が、ここまで漏れ聞えてきている。

 もっとも、今回のライブ見物の目的は、あくまで友人のバンドであり、それ以外にはとくに興味はない。急ぐ必要もないので、僕たちはのんびり言葉を交わしながら歩くことにした。

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