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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第一章 転校生と幽霊
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第十五話 四月九日(月)昼 2

 カフェ・ジョルノを出てからは、とくにこれということはなかった。のんびりとむだ話をしながら、商店街を散策した。

 胃も落ちつき、暇もつぶれたところで、僕たちは学校にもどることにした。

 今日は、年にいちどのクラス替えの日でもある。そろそろ、あたらしい名簿が連絡掲示板に貼りだされる頃合である。

 ちなみに、高等部の掲示板はぜんぶで三台あり、ふだんは下駄箱の正面、すなわち、けさ、ボランティア本部が設営されていたあたりに設置されている。一台につき一学年というふうにわけられていて、徹子ちゃんが見にいくのは一年生用、僕とゴーが見にいくのは、二年生用のそれである。

 そして、幸が見にいくのも、二年生用の掲示板だった。

 戸籍上の年齢こそひとつうえだが、幸は、僕やゴーと学年がいっしょである。それも、ここ数年だけの話ではなく、小等部――あのころは小学校だったが――のときから、ずっとそうだった。

 じつは、幸は小学一年生を、いちど留年しているのである。

 理由は、体力不足で、学校生活に耐えられなかったため。なにしろ、当時、未就学児童だった僕から見ても、彼女はあきらかに体がちいさかったのだ。

 そのせいで、僕が小学校に入学したとき、てっきり幸は上級生だとばかり思っていたのに、いきなりおなじクラスにいたものだから、かなり混乱してしまった記憶がある。

「うわぁ……。ごめん、アタシ、パス。公平、お願い。お返しはするから」

 学校に到着し、昇降口をぬけると、掲示板のまえに黒山のひとだかりが出現しているのが見えた。

 背が低く、目の悪い幸には、きびしい状況だろう。尻ごみするのも、いたしかたない。一年生用の掲示板は、まだしもすいているようだが、二年生用の掲示板は、文字どおりイモ洗い状態なのだ。

「じゃあ、いくか、コウ」

 ゴーが、気合をいれて突入を決意した。よおし、やるか。僕たちは、ひとごみのなかへと躍りこんだ。

 身長こそ、いまの僕よりはすこし低いものの、ゴーは筋骨たくましい男だ。そして、運動神経抜群でもある。ラグビー部に所属しており、突進力には定評があった。

 部活で鍛えあげた圧倒的なスピードと、重戦車のようなパワーを活かし、ゴーはまるで竜巻のごとく、周囲の人間にあたるをさいわい、とっては投げ、ちぎっては投げ、放りあげ、叩きおとし、弾きとばし、薙ぎたおし、というようなことはまったくせず、もみくちゃになってもどってきた。体のほそい僕のほうが、簡単に行って帰ってこれたようである。

「三人とも二組か。ひさしぶりだな」

 あえぎながら、ゴーがいった。学級別名簿の二年二組の欄に、僕たち全員の名前が記されていたのである。

 昨年、僕とゴーは三組でいっしょだったが、幸はひとりだけ七組だった。登校はほとんどともにしていたし、放課後や休日に集まって遊ぶこともおおかったが、やはり離ればなれになったような気がしたものである。それが、今年はおなじクラスになれたのだ。

 ああ、うれしいなあ。つかのま、僕はすでに告白し、きっぱりふられているというなさけない現実をわすれ、幸福感に酔いしれた。

「……廣井くん」

 おや? だれかに話しかけられたようだぞ。

 ふりかえると、ひろい額と飾り気のない黒ぶち眼鏡、ながい髪を一本の三つ編みにまとめた制服姿の少女がたっていた。

「やあ、いいんちょ……あ、いや、安倍さん」

「ふふ。それ、廣井くんで三人目ですよ。すっかり定着してしまいましたねえ……」

 彼女の名前は安倍耀子。一年生のとき、三組、すなわち僕のクラスの学級委員長をつとめていた子である。

 面倒見のいい性格で、成績も優秀。そのため、副委員だった僕をふくめ、クラスメイトのほとんど全員が、一目おいた気持ちを半分、したしみを半分こめて、彼女を『委員長』とよんでいた。

 もっとも、すでに進級しているわけで、いつまでも役職名でよぶわけにもいかない。

「いいん……おほん。安倍さんも二組だっけ?」

 しまった。僕はアホか。わかっていても、安倍さんを委員長とよんでしまいそうになる。身についた習慣は、簡単にはぬけないものだ。

「ええ。これから一年、どうぞよろしくお願いしますね。錦織くんも」

 そういって、安倍さんはぺこりとお辞儀をした。おっとりと、やわらかな物腰である。徹子ちゃんとおなじように丁寧な言葉遣いだが、だいぶ印象がことなっていた。

 そもそも、徹子ちゃんが僕に敬語で接してくれるのは、こちらが年上だからという以外に理由はないが、安倍さんは、だれが相手でもほとんど変わらないのである。

 さらに付言するなら、怒りっぽい徹子ちゃんとちがい、安倍さんが腹をたてているところを、僕は見たことがなかった。

 ――ふと見ると、幸が、興味ぶかそうな視線を安倍さんにおくっていた。

 たいする安倍さんも、僕のとなりでたたずむ幸に、誰何したそうな表情をうかべている。

 ふむ……。彼女たちも、今年からはおなじクラスになるわけだし、いまのうちに紹介しておいたほうがいいのかもしれないな。

「安倍さん、彼女は幸。まえにも話したことがあると思うけど、僕の幼なじみなんだ。幸、こちらは安倍さん。一年のときの、三組の学級委員長」

 とりあえず、ふたりのあいだにたって、仲介のようなことをしてみた。すると、ゴーも気をきかせて、ところどころでフォローをいれてくれた。

 それからしばらくは、四人で談笑しあった。

 今年のクラスメイトのうち、知りあいは三割ていどだった。そこそこ以上にしたしい人間の名前も、いくつかは確認している。あたらしい友だちはできるだろうか。楽しい一年になるといいなあ。

 なんとなく、僕はそんな期待に胸を膨らませていた。

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