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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第八章前編 文化祭 メイドと執事と喫茶店
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第百四十一話 九月九日(日)午後 禰子の告白 4

 立花さんが帰宅する旨を伝えに来たのは、それからさらに三十分ほどあとのことである。

 呼んでもらってもよかったのだが、彼女はそうはせずに、わざわざ僕たちが客待ちをしている店の玄関口――教室に入ってすぐのところ――まで出張してきてくれた。

「じゃあ、このへんでお暇させてもらうね、おふたりさん。今日は楽しかったよ」

「また、まえみたいに遊ぼうね、ネコちん。こんど、メールするから」

 笑顔で、こころが挨拶をかえした。

 それは、ごくふつうの挨拶だった。すくなくとも、僕にはそうとしか見えなかった。

 ところが、なぜか立花さんは、ものすごく意外な言葉を聞いたというように目を見開いた。そうして、ほんの一瞬そのまま固まったあと、いきなりくしゃりと表情をゆがめた。

 否、表情が崩れたと表現するべきだったかもしれない。とにかく、みるまに眉根がより、顎のあたりにきゅっとした皺ができたのである。

 えっ、と思ったときには、すでに立花さんはこころに抱きついていた。すぐに、鼻をすする音が聞えてきた。

 お……おお? これはいったいどうしたことだろう。立花さんが、こころにすがりついて泣いている。

「ね、ネコちん……」

 突然の立花さんの行動に、こころは慌てているようだった。だが、すぐに自分を取りもどしたように相手を抱きしめなおすと、そのまま頭をなではじめた。

 つかのま、僕はこころと立花さん、ふたりの様子に目をうばわれてしまっていた。

 かりに、こころが別れぎわに感極まって泣き出したというのなら、いかにもありそうなことだと感じたぐらいだったろう。しかし、どちらかといえば冷静沈着で強気そうな印象のある立花さんがこうなるとは、ちょっと想像していなかったのである。

 ふと、僕の脳裏にある考えがよぎった。

 もしかしたら、立花さんが泣いている理由は、こころとの別離を惜しんでというだけではないのかもしれない。

 一時は気のせいかとも思ったが、さきほどの立花さんの告白と、そのまえのみょうにギクシャクしたやり取りを考えあわせると、このふたりには、やはりなんらかの『わだかまり』といえるものがあったように思える。

 実際、立花さんにはかなり過保護なところがあるようだし、こころがそれについて、たとえば口うるさい姉や親にいだく感情に似たものを持っていたとしても、そこまでおかしな話でもあるまい。

 だが、今回は、互いにパートナーとして、対等に働いていたのである。しかも、こころは接客において、まるで自身の成長を見せつけるように、立花さんをリードしていたのだ。

 そのことが、こころに自信をもたらし、立花さんの反省をうながしたのだとすればどうか。いっしょに働くことで、ふたりのなかのわだかまりが氷解していったとは考えられないだろうか。

 もちろん、それは根拠のない、ひらたくいえばただの希望的な空想でしかない憶測である。とはいえ、そんなに間違ってはいない気がした。

 おそらく、立花さんはこころと仲直りできたのがうれしいのだ。

 うしろに一歩さがって、僕はあらためてふたりの姿をじっくりと眺めてみた。

 メイドにすがりついて、気持ちをあふれさせるゴスロリ姿のお嬢さまといった構図である。それはまるで一枚の絵画、もしくは映画のワンシーンのようにうつくしく、可憐な光景だった。

「どうしたの? なにごと?」

 いつのまに近づいてきていたのか、委員長がよこから囁きかけてきた。

「えっと……。突発的感動イベント?」

 こちらの返事に、委員長はきょとんとしたような顔で、小首をかしげた。

 ――と、そのときだった。

 どこからともなく、手を叩く音が聞えてきた。

 はじめ、それは明らかに、ぱらぱらとした単発の拍手にすぎなかった。しかし、すぐに追従するようにひと色、またひと色と増えていった。

 またたくまに、店内はふたりを祝福する拍手の音でいっぱいになった。

 いやはや、じつにノリのいい客たち、そして従業員たちである。これが、わが三ノ杜学園の学生の気風なのだろう。かくいう僕も、苦笑しつつ、いっしょになって手を叩いていた。見ると、委員長も同様の気分なのか、笑顔で拍手をしている。

 あのふたりにどんな事情があるのか、すべて飲みこめているわけではない。問題が、のこらず解決できたのかもわからない。それでも、いまこのときは、僕をふくめ、店全体があたたかい雰囲気につつまれていた。

 なお、渦中のふたりであるが、拍手が雨のようになりだしたころには、抱きあうのをやめていた。そうして、顔を真っ赤にしつつ、まわりにむかって頭をさげたりするばかりだった。

 とにかく、こうべを垂れると、そこにさらなる惜しみない拍手が降りそそぐといった有様なのである。そのままでは、なかなか収まりそうにもなかった。

 結局、拍手がやんだのは、ふたりが手をたずさえて店のそとに出て行ってしまったあとである。こころがひとりで戻ってきたのは、およそ、その五分ごのことだった。

 たぶん、店内ではどうしようもないので、廊下でお別れをすませてきたのだろう。こころは目を赤くしていて、それでもとても上機嫌な様子だった。

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